シーラじいさん見聞録

   

「きみたちの家族が言うことももっともだ。ニンゲンはいつ絶滅するかもしれないという状況を自ら作っているのだ。
海底のどこかから来たクラーケンもニンゲンを攻撃しているけど、ニンゲンの巻添えを食って、取り返しのできないことになるかもしれない。
そんなものにかかずらっているより自分たちの生活を守るほうがよほど賢い選択だ。
奢れる者は久しからずという言葉があるんだ。これも、シーラじいさんから聞いたんだけど、天下を取って有頂天になっていれば、まわりの状況が変っていることに気がつかなくなり、その状況に合わせることができなくなるんだ。そうなれば、絶滅の道を進むしかない。
だから、奢っている者がいるときは、いずれおちぶれると考えて、黙って見ておく。そいつらがいなくなれば、また自分の生活が戻ってくるからね」
「親はそれがそう言いたかったのですか」
「そうだよ。理屈じゃなくて、自分の親から教えてもらったことを言っただけだが、それが理にかなっていると言っているんだ。なにしろ、それは自分や自分の親、先祖が経験してきたことだからね」
若いクジラたちは、リゲルやミラたちとの約束を果たせなかったことを気にしているようだったが、リゲルの話を聞いて、ほっとしたようだった。
「今後も何かあるかもしれないが、なるべく近づかないようにしてください。いずれ消えてなくなるでしょう。
おれたちも、ミラの調子を見てみんなが待っている海に戻ります。また会うこともあるでしょう」リゲルも、丁寧にあいさつをした。
「ありがとうざいました。ぼくらはずっとここにいますからまた来てください。いろいろ教えていただいてありがとうございました」
ミラも、「ぼくを助けてくれてありがとう。みんなに別れの挨拶をしたいけど、時間がないので、みんなによろしく伝えてください」と言葉をかけた。6頭の若いクジラは去っていった。
2日ほど、ミラは動いて体の調子を確認した。道中何もなければ、今すぐにでも帰れるのだが、クラーケンやニンゲンが襲ってきたときのために少し体の様子を見ることにしたのだ。
「もう大丈夫です。クラーケンのボスが来たって、相手できますよ」リゲルは、自信が戻ったようだ。
「それじゃ、名残惜しいけど、明日帰ることにするか」リゲルはみんなに言った。
そして、もう二度と見ることがないだろう北極海の光景を十分堪能してくれとつけくわえた。シリウスたちは、ひとときの休息を楽しんだ。
翌朝、出発しようかとしたとき、どこからか声がする。クラーケンか、みんなが警戒態勢を取った。しかし、これは、だんだん近づいてくるようにも思える。
「なんだ、あれ」ペルセウスが言った。遠くの海面が動いているように思える。「ちょっと見てこようか」そう言ったとき、その声はすぐ近くで聞こえた。
そして、海面が盛りあがり、激しい波が起こった。
「あのクジラたちじゃないのか」
「ほんとだ!どうしたんだろう?」
リゲルたちは若いクジラたちのほうに向かった。4頭いた。「何かあったのですか?」リゲルが聞いた。
「ああ、よかった。もう会えないのかと思いました」
「さっきまた空から攻撃されまして、仲間の2頭が殺されました」
「えっ、また攻撃があったのか」
「すぐ行くよ」
「いや、もう終わりました。家族も集まりお別れをしましたので」
「気の毒でしたね。それじゃ、かなり早く攻撃されたのですか?」
「そうです。夜明け前に、ぼくらだけで今後どうするか話しあっていたときのことです」
「そうだったのか。おれたちのせいで、こんなことになったんですね」リゲルは謝った、
「そんなことはないです。『どうしてこんなことになるんだ。今までこんなことはなかったのに』と親たちが嘆くので、ぼくらは、ぼくらなりに話をしたんです。
いつかはまた静かな海に戻るだろうが、しばらくはこんなことが続く。それでも、じっと我慢しておればいいのかと」
「すると、親の一人が、おまえたちが知り合いになった者はどこにいると聞くので、もうすぐここを離れる。それがどうしたと聞いてやったのです」
「親同士はしばらく話しあっていましたが、直接話をしたいというので、急いでここに来ました。少しの時間構いませんか」
「ああ、いいですよ」
見計らったようにクジラの姿が見えた。3頭いる。それらは、近づいてきたが、若いクジラの親ぐらいの年輩だ。
「お帰りになると聞いていましたが、間に合ってよかったです。ところで、けがは大丈夫です」とミラを見た。
ミラはうなずき、「ここにまで連れてきてもらって助かりました、もしあのまま一人で動いていれば、まちがいなく命を落としています。ほんとに感謝しています、それなのにお礼の言葉を言わず、出ていくのは気がかりでした」と詫びた。
「いや、そんなことは気にしないでくださいよ。息子から聞きましたが、向こうでは大事な用事があると聞いています」
別の親が本題に入った。「息子たちからお聞きだと思いますが、さっき大変なことが起きました。それで、ぜひ頼みたいことがあるのです」
「できることなら、何でもしますよ」リゲルが答えた。

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