シーラじいさん見聞録

   

リゲルはそれを受け取り、海面に広げた。そして、日頃見せない緊張した顔で読もうとしたが、すぐにはわからないようで、何かつぶやいたり、目をつぶったりしながら読み進めていった。
しばらくしてから、「わかったぞ」と叫んだ。「何が書いてあるのです?」すかさずペルセウスが聞いた。
「今の状況についてだ。シーラじいさんが同じ言葉を何度も使ってくれているので何とかわかった。それに、ベラがこれだけの言葉を覚えるように言ってくれていたからな。それじゃ、読むよ。
ニューヨークの状況は、ますますひどいことになっている。電気や通信システムが回復の見込みがないので、夜になると、まるで海の底のような状態になっている。しかも、食料がないので、ニンゲンは当分住むことができないとのことだ。後からわかったそうだが、飛行機がかなり墜落しているようだ。
アメリアは、今のところ報復していないが、同盟国ともに、チャイアを孤立させる作戦を続けている。それで、ここにも、その影響があるはずだから、くれぐれも気をつけるようにとのことだ」
若いクジラは、それを聞いて、「どうして、ここにも影響があるのですか?」と尋ねた。
「ここには、ニンゲンが使う資源というものが豊富にあるのです。それをチャイアには取らせないようにするために、アメリアとその同盟国が監視しているからです」
「それで、船が増えたのですか」
「そうだと思います。それから、ちょっと難しいですが、チャイアが国際条約をもちだしてきても、一切の妥協をしないで追いはらうようですから、ひょっとして、ここで戦いがはじまるかもしれません」
「みなさんはすごいなあ」と若いクジラの1頭が言った。
「そんなことはないですよ。ただ、おれたちの仲間がニンゲンに捕えらているので、ある程度ニンゲンのことを知らないと助けることができなのです」
「そう言うのを、己を知り、相手を知れば、百戦危うからずというのだ。これもシーラじいさんから聞いたことだけどね」ミラも得意そうに言った。
「シーラじいさんはすごいですね。何でも知っている」
「大きいですか?」
「いや、ここにいるペルセウスより小さい。しかも、日頃は深い所でじっとしている」
「ほんとですか!」
「そこで考えているんだ」
「ぼくらもいろんなことを教えてほしいです」
「いつか会えるよ。必ず会える」
「それじゃ、明日から、やつらがどこにいるか探そう」リゲルが言った。
6頭の若いクジラが帰ろうとしたとき、突然爆音がしたかと思うと、何かが近づいてきた。リゲルは、「潜れ!」と叫んだ。
みんな慌てて潜った。海面から鈍い音がする。ニンゲンが攻撃してきたのだ。リゲルは、みんながうまく逃げたことを確認してから一気に潜った。
そして、若いクジラたちを探した。慌てふためいてすぐに海面に浮かべば、また攻撃されるからだ。
案の定、浮きあがろうとしているのがいる。潜る準備ができていなかったからだ。
リゲルはそのクジラに急いで向かった。「我慢するんだ。なるべく遠くまで行け。浮きあがるときは、まずあたりを見てからだ」と叫んだ。
若いクジラは苦しそうだったが、もう一度潜りはじめた。そして、他の若いクジラを探しては、同じように指示を出した。
10分以上立ったころ、リゲルは海面に顔を出した。攻撃はない。あたりを見たが、飛行機は去っていた。やがて、ミラたちも戻ってきた。
「若いのはどこだろう?」ミラが聞いた。
「なるべく遠くへ逃げろと言ったんだ」
「それじゃ、探しに行こう」みんなで分かれて若いクジラを探しに行って、ようやく全員集まることができた。
「みんな無事でよかった」
「びっくりしました。あれはぼくらを攻撃してきたんですか?」
「そうです。別の種類の者が集まっていれば、問答無用で攻撃するのです」
「向こうでは、そんな場合でも、まず様子を見ていたが、今はちがうのですね」ミラも驚いたように言った。
「強制的に集められた場合があったからね。でも、今はニンゲンに余裕がなくなっている証拠だよ」
「今後、近くにクラーケンがいないか、空には飛行機が飛んでいないかよく注意してくれよ」ミラが若いクジラたちに声をかけた。
「そうですね。ここではあまり争いごとがなかったので、大勢の者が惨めな殺され方をしました。そして、空から攻撃されたのは初めてだったから、慌てました。みんなに注意します」
「さっき言ったが、別の種類の者といなければそう神経質にならなくてもいいが、状況はますます悪くなっているので、用心するに越したことはありません」リゲルがつけくわえた。
「ありがとうございます。しっかり訓練を受けます」
「それじゃ、明日」今度は無事に帰路についた。リゲルたちは、氷山によって隠れる場所を探して、ミラを交えて長い間話した。
翌日の早朝、昨日話をした場所に行った。すると、若いクジラは、6頭とも来ていたが、どうも様子がおかしい。リゲルは、「何かあったのですか?」と聞いた。
若いクジラたちは、少しうなずくだけで、言いよどんでいたが、ようやく、「みんな、あれから自分の親や兄弟に,昨日あったことを話したのですが、これ以上そういうことをするなと言われてしまいました」
「自分を守るためには、自分で動かなければいけないんだ」ミラはいらだって言った。
「そう言いました。今の状況も話したのです。でも、ここは昔から平和な海だ。最近のことも、いつまでも続くとは思えない。じっと耐えていれば、元のようになるというばかりでぼくらの話を聞いてくれません」しばらく、誰も何も言わなかった。
「確かにそれも一理ある」リゲルは、若いクジラたちにほほえんだ。

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