シーラじいさん見聞録

   

4人はお互い気持ちよくなっていき、これは言うべきかどうか考えることが少なくなっていった。しかし、まわりの客の様子を注意することは忘れなかった。
アントニスとダニエルは、オリオンといつもいるニンゲンと話すことが楽しかったし、マイクとジョンは、オリオンが英語を話すことは海洋研究所のスタッフ全員が知っているが、それは口外してはいけない秘密で、しかも、仕事としてオリオンに接していたので自由にオリオンについて自分たちの思いを話すことはできたからである。
4人とも、ここにオリオンがいればもっと楽しいだろうと思った。
もう午後11時近くになっていた。「今日はあなたたちと知り合いになってとてもうれしいです」アントニスはいつまでも二人を引きとめていてはいけないと考えてそう言った。
「オリオンはあなたたちを信頼しているのはわかっていましたので、何も配していませんでしたが、ぼくら以上にオリオンのことを理解してくれているのがわかりました」
二人はうなずいた。さらに続けた。「オリオンは、海や空がこんなことになってしまったのをほんとに憂いています。
今までのようになるためなら、どんなことでもしようと思っています。それは、オリオンの帰りを待っている仲間もそうです。
しかし、ほとんどのニンゲンは、オリオンというイルカが言葉を話すということに驚いていますが、ニンゲンと同じように考えるなどとは信じることができないのです。そこにオリオンの苦悩があります。
だから、オリオンは言葉を話すということを隠していたのです。見世物にされると、ニンゲンを助けることができないと考えたからです。
しかし、自ら英語を話すことを告白したのは、あなたたちを信頼したからです。
海底にいるニンゲンがいる場所を教えて、それは、無尽蔵ともいうべき貴金属の在り処を教えることでもありますが、そうすれば、ニンゲンは、自分を信頼してくれるだろうと考えたと思います。
つまり、この混乱を収めるのは、ニンゲンしかいないと考えているのです」
アントニスが最後の挨拶をしようとしたが、マイクがまた話しはじめた。「今までも海軍はクラーケンはどこかのスパイだと考えています。しかし、オリオンはそうではないと言っています。そう言うのは勇気がいったことでしょう」
「そうです、そうです。それをわかっていてくださったら、話は早いです。
あなたたちがわかってくださっていたら、ぼくらも安心です。
これからも、オリオンの話を聞いてやって、無事に任務を成功できるようにサポートをお願いします。
それから、あなたたちの立場がありますから、ぼくらとそう会わないほうがよろしいかと思います。しかも、このホテルはあまりにも近すぎますから。
ぼくらも、今までどおりこちらで得た情報を海の仲間に伝えますし、海からも、ぼくらの知らない情報が来るでしょう。それらをまとめてお話す機会もあると思います」
マイクも、「お互いオリオンを海に自由に戻すためにがんばりましょう」と答えた。

リゲルたちはイギリス海峡の西端にいたが、ややイギリスより向かった。海峡が徐々に狭まるので監視しやすいのだが、突破されると、一気にサウサンプトンに近づくことになるンで、状況を見ながら動くことにした、
「ここで待とう。やつらは大勢いるようだから、まともに向かっては勝ち目はない。
多勢に無勢というやつだ。そんなときはどうしたらいい?シリウス」リゲルが聞いた。
シリウスはしばらく考えていたが、「相手が油断しているときに攻撃をする、ですか?」
「そうだ。しかも、機先を制することだ」
「機先を制するとは?」
「相手が行動する前に、こちらが先に仕掛けて、主導権を取ることだ。そうすれば、相手は右往左往するばかりだ。相手にとって、多勢であることが逆手になる」
「わかりました。まず相手の状況を知ることが大事ですね」
「そうだ。どういう作戦を取るかは状況で判断しなければならないから、経験が求められる」シリウスだけでなく、他の若いものもうなずいた。
おれが様子を見てくる。カモメがついてきてくれるので一人でも大丈夫だ。シリウスは、みんなを見ておいてくれないか。すぐに戻ってくるから」
5羽のカモメはすぐに飛び立った。リゲルを追いかけるように急いだ。
1羽のカモメがすぐに下りてきた。「4.500頭はいるでしょうが、まだ指令待ちという雰囲気です」
「それなら、どうするかもうしばらく様子を見ることにします。シリウスに、待つ時間が長いと若いものがいらいらしてくるから、落ちつかせておくことと伝えてくれませんか」
不安は的中した。カモメから聞いたシリウスは、「ここを離れるな。リゲルが帰ってきたら、すぐに作戦がはじまるから」と言っておいたが、一人の姿が見えなくなっていたのだ。
「どこへ行ったんだ?」シリウスは聞いた。
探しに行こうか。しかし、みんなをおいてはいけないと迷っているとき、近くで何かが動く気配がした。
「なんだ?」と考えたとき、カモメが、「若い者がクラーケンに追いかけられている!」とあわてて下りてきた。
「どこだ!」
「もうすぐここに来ます!」確かに音は大きくなっている。
「おまえたち、深く潜って逃げろ」シリウスが叫んだ。
「いや、あいつを助けなくては!」誰かが叫んだ。「そうだ」みんなが同調した。
「わかった。それなら、みんなばらばらに動いて、相手を分断しよう」
カモメが海面近くで、「おれたちもあいつらをひきつけてやる」と叫んだ。
「お願いします。みんな、あいつらが近づいてきたら、カモメの反対方向に逃げろ。おれはあいつを助ける」

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