シーラじいさん見聞録
オリオンは、船が進んでいるのを感じながら、「いよいよだな」と思った。「天気がよさそうだ。これなら、思うように訓練ができる」
船は1時間ほどで止まった。すぐにマイクとジョンが水槽の横に来て、「オリオン、着いたぞ。すぐに海に入ってもらうよ」と声をかけた。
ハッチが開いた。見上げると眩しい。すぐにクレーンのアームが水槽にセットされた。そのまま高く持ちあげられから、船外に出た。そして、海面に下された。水槽の口が開くと、オリオンは海に出ることができた。3人だけではなく、かなりの人数がそれを見下ろしていた。
あたりを見ると、4,5隻の船がまわりを囲んでいるようだ。
海軍では、オリオンはそのまま逃げてしまうのではないかという意見が大勢を占めていたそうだ。
イルカには元々潜水能力があるのだから、訓練なんか必要ない。しかも、逃げたときの準備をしないというのはもってのほかだというのである。
ロープでくくるとか、逃げたときには麻酔銃で撃つなどという上官の意見に対して、ベンは時間をかけて押し切ってくれたそうだ。
上官も、ようやく「何かあればおまえが責任を取るのだな」と、ベンの執念に根負けしたのだ。
オリオンは、もちろん逃げるなどということは考えもしないが、3人、特にベンに対する信頼が揺るぐようなこともしたくない。それで、少し緊張した。
それを振りきるように、力を込めて潜った。まず2,30メートルから、徐々に深く潜った。
100メートル近くで頭が痛くなった。このあたりが限界か。
ニンゲンを助けるためには、2000メートルまで行かなくてはならない。しかも、ある程度の余裕がいる。そこに留まって、場所を教えなければならないからだ。
マイクたちは、何回も訓練があるから、そう無理するなと言ってくれたが、これでは行けそうにない。もっと真剣にやれ。オリオンはそう自分に言い聞かせ、休むことなく潜りつづけた。
海面に上がったとき、マイクがこっちに来るように合図をした。近づくと、「オリオン、まったく休んでいないじゃないか。そんなことをしていたら、体が壊れてしまうぞ」と大声で注意した。
ジョンも、「オリオン、昼間の海には久しぶりだろう?ゆっくり海の景色を楽しめよ」と笑顔で言った。
オリオンも笑顔でうなずいて、少し休むことにした。確かにそうだ。風が心地いい。波がきらきら輝いている。子供のとき、兄弟や友だちと一日中泳いだものだ。そして、夜になれば、満天の星を見ながら、おしゃべりをした、親が心配して探していることも知らずに。今までで一番楽しいときだった。世界はぼくらをいつまでも祝福していてくれるものだと思っていた。
オリオンは、二人がいる場所に行って、「もう少し訓練してもいいですか?ゆっくり休めましたから」と聞いた。
二人は、オリオンの顔から思いつめたような表情がなくなり、目に気力が戻ってきているのを見てとり、「ああ、いいよ。時間はたっぷりある。それにクラーケンが近づいてきているという連絡もないから」と答えた。
オリオンはうなずき、一気に潜った。明るさが消え、徐々に暗くなった頃、「オリオン」という声が聞こえた。
オリオンは力を抜き、声のほうを見た。その声はと思ったとたん、何かが近づいてきた。「ペルセウス!」オリオンは叫んだ。
「どうだ、調子は?」ペルセウスは聞いた。
「ここにいることがよくわかったな」
「何でも知っているよ。うそうそ。カモメが知らせてくれたので、急いでやってきたのさ。きみを見つたので、話しかけようとしたんだが、、必死で潜っているから少し様子をみたいた。今度こそと思ったんだが、きみが休んだので、もう終わったのかと心配していたんだ」
「そうなんだ。みんなが少し休めというから、久しぶりに海を楽しんでいた。元気になったので、もう少し深いところまで行こうと思っていたところだ」
「それは悪かった。でも、話しておきたいことがいっぱいあってね」
「ぼくもそうだ。ミラはまだ見つかっていないのか?」
「まだだ。ダニエルの友だちの記者が北極圏を探してくれたが見つからなかったそうだ。リゲルたちは探しに行きたいと言っているそうだが、シーラじいさんは止めている」
「そうだろう。マイクたちに聞いても、あそこは氷の世界だから、慣れない者は自由に動けないそうだから。
あまり時間がない!アントニスが手紙を書いていると思うが、そのマイクたちとアントニスたちが知り合いになるように頼んでいる」
「それはすばらしい!これで怖いものなしだ。また訓練をするのだろう?」
「する」
「それじゃ、また」ペルセウスはそういうと姿を消した。
オリオンは、「相変わらずせっかちだ」と言うと、もう一度潜りはじめた。
リゲルが休んでいるとカモメが下りてきたので、「どうしました?」と聞いた。
「すぐにどうのこうのという雰囲気じゃないが、久しぶりにクラーケンが集まりだしているよ」
「どこにいますか?」
「大西洋の端だ。どこに行こうか決まっていないようだ」そう答えているときに、別のカモメが帰ってきた。「あれからもどんどん増えて、もう恐ろしいほどの数になっています!」ここで仲間になったカモメだが、ひどく興奮して叫んだ。
「そうあわてるな。わしらは冷静に報告すればいい。シーラじいさんが状況を判断して、作戦を考えてくれる」と叱った。
若いカモメは恐縮して、小さくはいと答えた。