シーラじいさん見聞録

   

海面が少し動いたかと思うと、何かがゆっくりあらわれた。背びれがない。やはりオリオンだ。
それは、顔だけ出して、檻の上を見ていた。やがて、「ペルセウス!」と小さな声で言った。
ペルセウスは、うんうんとうなずいて、オリオンに近づいた。
そして、「「大丈夫か。けがをしていたんだろ?」と聞いた。
「知っているのか」
「みんな知っているよ。シーラじいさんたちも、アントニスたちも」
オリオンは、「みんな知っているのか」と驚いたように言った。そして、「ひょっとして、時々顔を見せる小鳥は仲間か」と聞いた。
「そうだよ。カモメの仲間だ。今は、カモメが街中を飛んでいると殺されることがあるんだ。それで、小鳥を仲間にして、研究所の様子を探っている。それに、換気孔は小さくて、カモメが入れないようだから、ぼくらのスパイとしてがんばってくれている。
そうそう、アントニスも、ダニエルという仲間ともに、きみがいる研究所に清掃員として入りこんでいるよ」ペルセウスは、できるだけ早口で言った。
「どうして!」
「きみを助けるためじゃないか。それに、リゲルたちも、きみが海にいることを聞いて、こちらに向かっているはずだ」と急いで言った。
「すまないなあ」
「きみが一番がんばっているよ。クラーケンを捕まえる囮にされているんだろ?」
「そうだけど、ぼくが、もう一度海に連れていくようにマイクに頼んだんだ」
「マイクって?」
「研究員だ。話をするようになって、ぼくを理解してくれるようになった」
「大丈夫か?」
「大丈夫だ。ペルセウス、もうここを離れたほうがいいよ。そろそろ攻撃視体制に入るはずだから」
「そうだな。今も、近くにクラーケンがいるようだ」
「わかるのか?」
「今見てきた。あのばかでかいサメやシャチも、クラーケンのまわりにいる。
最初、クラーケンがセンスイカンを襲うのを見たのは、ここで知りあった友だちだ。
それで、ぼくが、カモメに頼んで、シーラじいさんたちに報告したんだ」
「そうだったのか」
「ちょっと待ってくれないか」ペルセウスは、そう言うと、あわててそこを離れた。
しばらくして帰ってきて、「オリオン、クラーケンがこちらに近づいてきているようだ。今、友だちが教えてくれた」と言った。
「ありがとう」
「オリオン、クラーケンに襲われたらこんな檻なんかすぐつぶれるよ。センスイカンでもいちころだったから。
そうか!クラーケンに襲われたら、その間に逃げられるじゃないか」
「そううまくはいかないよ。それに、そんなことを考えて、ここに来たのじゃないよ」
「えっ?」
「クラーケンが来るのが一番いいけど、その家来が来ても、『これ以上ニンゲンを襲うな。すぐに自分の国に戻れ。おまえたちの気持ちはわかるから、後はぼくに任せてくれ』と、自分の口で伝えたいんだ」
「そんなことをしても通じるのか」
「やってみなければわからないよ。今ぼくにできることはこれしかないんだ」オリオンはきっぱりと言った。
「わかった。ぼくらも、今できることをやるから。みんなにも、きみの考えを伝えておくから。それから、シーラじいさんも元気だ」ペルセウスは、オリオンがにっこり笑ったのを見て、そこを離れた。
ペルセウスは友だちがいる場所に戻った。そして今の話をした。
「オリオンは、自分が一番苦しいのに、みんなのことを考えているのか。それも、自分の捕まえたニンゲンや、暴れまわるクラーケンのことを」友だちは感激して言った。
「小さな体なのにそんなことを考えるのか。そして、それを実行しようとしている」
「今すぐにでも助けたいなあ」友だちの仲間も感激した。
「ありがとう。きみらがいてくれて助かるよ」ペルセウスは礼を言った。
「ぼくらはオリオンより体が小さいのだから、もっとできることがあるはずだ」
「なんならクラーケンの目ん玉を攻撃しようじゃないか」
「まずオリオンに任せよう。それから考えようじゃないか。
ぼくは、カモメに用事があるから、きみらは少し様子を見ておいてくれ」ペルセウスはそう言って海面に向かった。

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