シーラじいさん見聞録

   

あちこちに大きな船がいる。動いているようには見えない。軍艦がクラーケンたちを監視しているのか。
確かに向こうにはイギリスがあり、こちらはフランスで、ヨーロッパの玄関だ。ニンゲンを襲うには格好の場所だ。
「シーラじいさんはここに来るの?」イリアスが聞いた。
「そうだ。ここを行けば、元ソニア共和国に行けるから。しかし、まだオリオンがどこにいるかわからないから、このあたりで様子を見るだろう」
「それなら、また会えるね」
「いや、ここはボートなんかではいけないよ。クラーケンが虎視眈々とニンゲンを狙っているから」
「大丈夫かなあ」
「シーラじいさんの知恵とリゲルたちの勇気で必ず困難を乗りきる」
そう言いながらも、アントニスは、シーラじいさんたちは、あれだけの数で、ニンゲンとクラーケンの両方を相手にするのだ。早くオリオンを見つけなければならないと思った。。
アパートに帰って。アレクシオスに電話した。
「今、ブレストの海を見てきた。相当警戒している」
「かなりのクラーケンが集まってきているというニュースが流れているよ」
「シーラじいさんたちが地中海を抜けだすことができても、ここはさらに危険が待っている。
早くオリオンを見つけなければならない。何とかシーラじいさんを助けることができないものか」
「そうだ」
「マスコミの力を使って、オリオンを見つけることはできないのだろうか?」
アレクシオスは、しばらく黙っていたが、「確かに『オリオンとイリアス』は世界で500万部売れている。出版社はホクホクだし、きみたちも億万長者になった。
今も、世界中からイリアスに会いたいという申し込みが来ている。出版社はうまく断ってくれているが。
しかし、フィクションはフィクションで、現実は現実だ。それで、オリオンを海に戻してくれるだろうか」
「まるっきりのフィクションじゃないことはみんな知っている」
「そうだが、今の状況の前では、オリオンを手放そうとしないだろう」
確かにアレクシオスの考えには同意せざるをえない。
「大西洋を見ながら、シーラじいさんたちだけではとても無理だと思ったんだ」
「ぼくもそう思う」
「カモメが探してくれている間に、ぼくらも、政治的権力を持っているニンゲンを探すのはどうだろう?」アントニスは、新たな考えを言った。
「それで?」
「オリオンがどういうイルカか理解してくれたら、ぼくらに力を貸してくれるかもしれない。また、海底にいるニンゲン助けるために世界をまとめてくれるだろう」
「かなりむずかしいが、それしかないな。まず、そちらに来ているマスコミのニンゲンと親しくなるべきだ。そこから人脈を広げていこう。
ぼくも、編集長や社長に相談してみる。ただ、あせるなよ。あせって妙なニンゲンに引っかかったら、元も子もなくなる」
アントニスは同意して電話を切った。そして、イリアスととに、カモメが自分たちを探しているかもしれないので、もう一度外に出た。
シーラじいさんたちは、アフリカ側に沿って進んだ。ただ、島が多いために、その都度、何かが隠れているのではないかと警戒しながら進むので思うように進めなかった。
さらに、透明度が高い海なので、相当深く潜らなければならなかったので、疲労も激しかった。
そんなとき、ミラは何か糸口が見つからないか深く潜った。
2000メートル近く潜ると、生まれ育ったインド洋と同じく、どこまでも静かだ。
ときおり、クラゲが体を七色に輝かせながら通りすぎるだけだ。ニンゲンも、ここまでは警戒していない。
クラーケンたちとは会わなかったが、もっと上にいるのだろうか。
そのとき、カチカチという音がかすかにしてきた。仲間か。
ミラは、あたりを大きく旋回した。その音は、かすかに聞こえたかと思うと、まったく聞こえなくなった。
そして、しばらくするとまた大きくなった。ピーピーという音も聞こえた。ぼくの仲間にちがいない。そして、仲間と話しながら動いているのだ。
ミラは止まった。自分が動けば、相手がどこにいるのかわからなくなるからだ。
そして、どこから声がするのか意識を集中した。音の方向を確認して、そちらにゆっくり向かった。
しばらく進んだが、また聞こえなくなった。もうどこかに行ってしまったか。
ミラは、思わずカチカチという音を出し、何かいないか調べた。
しかし、何の反応もなかった。もう帰ろうと思ったとき、目の前を何か大きな影が動いた。
センスイカンなら怖くないと思い近づいた。
向こうも驚いたのか少し離れたが、それ以上は動かなかった。
影は一つじゃない。もう少しいる。もう声が聞える距離だ。まちがいなくぼくの仲間だ。相手も、ぼくのことがわかったようだ。
何か話しあっている。しかし、声は聞こえるが、何を言っているかさっぱりわからない。どうしたことだろう。ひょっとして、あの海底にいた怪物のようなものか。
ミラも、「こんにちは」と言ってみた。しかし、返事がない。

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