シーラじいさん見聞録
オリオンは、5,6メートル離れている子供を見てから潜った。子供も、背中を見せていたが、それに気づいてすぐについてきた。
「きみにお願いがある」オリオンは小さな声で言った。子供は、「何でもするよ」というようにうなずいた。
「すぐにここを出て、シーラじいさんたちに伝えてほしいことがある」
子供は驚いてオリオンを見た。「そんなことができるのか」という表情をしていた。
「できる」オリオンも表情で答えた。
子供には、シーラじいさんを中心としてどんな仲間がいるのか、自分たちが何をしようとしているのかなどについてすでに話していた。
だから、何か重要な任務だということはわかったが、しかし、大きな建物の中にある水槽から出られるのかと不安になったのだ。
「きみは、今から腹を上にして泳ぐんだ。ニンゲンはすぐに気づいて、ぼくらが連れていかれる部屋で、検査をするはずだ。
異常が見つからなくても弱ったふりをしろ。新しい病原菌にでも侵されているのなら、他のものに感染するかもしれないと恐れて、きみを海に帰す。
そして、島の南側で、ぼくらの仲間を探してくれ。リゲルやベラはシャチだが、怖くないよ。君の話を聞きたがっている」
「そうか、それはすごいぞ。そうすると、この作戦はぼくの演技にかかっているのだな。うまくいけば、ぼくはここには帰ってこないから、何を伝えたらいいのか教えてくれ」
子供はすべてわかったようだ。オリオンはうなずいた。
「ぼくのことは心配ない。ただ、イルカがどんどん連れてこられては、すぐにどこかに行く。
そちらでもわかっているだろうが。クラーケンの動きが激しくなったと思う。
何か作戦を考えているのなら、ぼくのことを気にしないで、遂行を願いたい」と伝言するように頼んだ。
子供は腹ばいになり、さも苦しそうに泳ぎはじめた。数人のニンゲンがあわてて駆けつけた。しばらく子供の様子を見ていたが、潜水服を来たニンゲンが水槽に入り、子供を水路に導いた。
やはりこの日は帰ってこなかった。また、他のものにも、何か症状が出ていないかの検査が頻繁に行われるようになった。オリオンは子供の成功を祈った。
編集長からアントニスの元に速達が届いた。「経営者の了解を取ったので、すぐに来てほしい」という内容だった。
アントニスとイリアスは、あわててカバンに着替えを詰めて出版社に向かった。
出版社は、近くのホテルを取ってくれていて、その日から徹夜で絵本の製作に取りかかった。
アレクシオスも時間を見つけては駆けつけてくれた。アントニスは、絵は魅力的だが、文章には慣れていないので、アレクシオスと編集長が手直しをした。
3日後、絵も文章も出来上がった。タイトルは「オリオンとイリアス」になった。
話の筋は、かなり変わった。イリアスは、ある水族館で、オリオンと再会することになった。
オリオンは、そこで、ジャンプやボール遊びなどのイルカかショーをさせられていた。背びれがないのに、誰よりも高く、誰よりも上手にボールを扱うので、一番の人気者になった。
やがて、ショーの間に話すことができた。オリオンが一刻も早く海に戻りたいという希望をもっていることを知ったイリアスは、オリオンに体が動かないふりをするようにと言った。オリオンは、その通りして、食事も一切取らなくなった。
オリオンは、別の水槽に入れられた。そこは、海まで10メートルほどで、横には柵があり、海との間には遊歩道があった。イリアスは、深夜になると、柵を切りはじめた。
ようやくオリオンが通れるほどの穴が開いた。彼は、また、長方形の板の下に頑丈な車輪をつけた。
イリアスは、オリオンに救出作戦を話した。オリオンは、決行の日、夜間別の場所に連れられていくときに、水槽の出入口をすぐに開けられるように工夫をしておいた。
深夜、オリオンは密かに水槽に戻ってきた。イリアスが合図をすると、オリオンは水槽の外に出たので、板に乗せて柵の外に出ることができた。
海に戻ったオリオンとイリアスは、今まで以上にお互いを大事にする友だちになった。
子供には血液検査やレントゲン検査などが行われたが、どこにも異常が見つからなかった。しかし、栄養が与えられたが、子供は弱ったままだった。
ニンゲンは、毎日話しあったが、一頭のために、他のものに影響が出るとまずいという結論になったようで、海に戻されることになった。
深夜、死んだイルカを捨てる場所まで運ばれて海に放された。
子供はそのまま潜った。そして、船からできるだけ離れて海面に顔を出した。
船が戻っていくのが見えた。それから、あたりを見渡した。久しぶりの海だ。なんと気持ちのよい風だろう。空には、無数の星が輝いている。しばらく波の動きを楽しんだ。
それから、あたりを泳ぎまわった。しばらくすると、何かが近くで動いた。あわてて逃げた。しかし、それは追いかけてはこない。
今度は、子供のほうから少し近づいた。誰かと話がしたくなったのだ。
しばらく探すと、それが戻ってきた。どうもマグロにようだ。それなら安心だと思ったとたん、子供は、思わず、あっと叫んだ。
相手は驚いて逃げようとした。子供は、あわてて「ペルセウスじゃないですね」と叫んだ。
「なぜぼくの名前を知っている?」という返事が来た。「ペルセウスなら、オリオンのことで話があります」
「オリオンだって!」それは急いで近づいてきた。