シーラじいさん見聞録

   

その出版社は、「エリニカ」といって、絵本が専門ではなく、海に関する本を得意としているとのことだった。
アント」ニスは、翌日早くアレクシオスに電話した。「編集長がぜひ会いたいと言っているんだ」と興奮して言った。
「すぐ行きます」アントニスも大きな声で答えた。
「ぼくも同席したいが、アテネに行かなければならない」
「いや、あなたから話は全部聞いているということでしたので、ぼくが一生懸命説明します」
出版社は、新聞社と同じくイラクリオンにあった。二人は、以前と同じようにバスを乗りついで、イラクリオンに向かった。
2日後の早朝、2人は、「エリニカ」の応接室をノックした。ハリラオスという編集長が2人を待っていてくれた。そして、早く絵を見せるように急かした。
編集長は、絵を1枚1枚じっくり見た。そして、アントニスを見て、「とても個性的な絵だ。すばらしい絵本ができるぞ」と喜んだ。
「しかし、いつまでこんなことが続くんだろうな。これでは、世界中の子供があまりに不幸だ。
ぼくも、何かすることはないかとずっと考えていたんだよ。アレクシオスから話を聞いたとき、これだ!と閃いた。
海の動物にしろ、陸の動物にしろ、自分たちの世界で生きている。人間がその世界に入るから、動物は怒って牙をむく。
しかし、動物のほうから人間に向かってくるようになった。しかも、鳥も病原菌をわざとまきちらす。
もちろん、何か原因があるのだが、このままでは、それが遺伝子に組みこまれたら、人間は永遠に恐怖に怯えなければならない。まるで、恐竜時代に戻ったようだ。
しかも、このままでは、海の動物は、絶滅してしまうかもしれない。鳥もそうだ。
海には潮を吹くクジラや、楽しそうに泳ぐイルカがいなくなり、空では美しい声で歌う鳥がいないんだよ。なんて淋しいことだろう!なんて悲しいだろう!」編集長は、手を大きく動かしながら嘆いた。それにつれて、太った体が大きく揺れた。
アントニスの頭には、オリオンだけでなく、シーラじいさん、リゲル、ミラ、ベラなどの顔が浮かんだ。ぼくががんばれば、みんなの夢が叶うんだ。
「ただ、問題なのは少し経営が苦しくてね。そう予算が取れない」編集長の声は少し元気がなくなった。
「しかし、経営者は認めてくれると思う。ぼくが経営者の了解を取っておくから、きみは原稿を完成させてほしい。それでもかまわないか」
「もちろんです。読んだ人が誰かに薦めたくなるような絵本を書きます」
「それは頼もしい。世界中の人間が感動して、光明を見いだすだろう。イリアスはどうだ?」
「オリオンを早く助けてやりたいです」
「オリオン?」
「いや、イルカをオリオンという名前にしようかとイリアスと相談していたものですから」アントニスはあわてて言った。
「そうか。それはすばらしい名前だ。空にあるオリオン座は明るくて、みんなが知っている。イルカのオリオンも必ず見つかるぞ」
アントニスは、「数日以内には原稿を送ります」と挨拶をして出版社を出た。
2人は、主人公の少年はイリアス、そして、探しているイルカはオリオンにすることにした。
そして、歩いているときも、バスの中でも、どのような話にするか話しあった。
家に着くころには、イリアスが経験したことを土台にして、オリオンを探すために、一人で水族館を回ることにした。
オリオンがイリアスを助けたのを見たニンゲンが、ショーに出すために連れていったのかもしれないと考えたイリアスは、世界の水族館を回るのだ。
水族館では、イリアスは、イルカに近づいて、「イルカ語」で、「背びれがないイルカを探している。オリオンという名前だけど知らないか」と聞いてまわった。
「確か前にいた水族館にいたようだ」と聞けば、そこに行くのだ。確かに背びれのないイルカがいたが、しかし、オリオンではない・・・。誰かオリオンを知らないかで話は終わる。
アントニスは、絵を何回も描きなおした。ようやく出来上がると速達で原稿を送った。
その頃、海洋研究所を見張っているカモメから報告が来た。最近、毎日のようにトラックが出入りしている。出ていくトラックにもイルカが入っている。トラックを追いかけると、空港につき、すぐにどこかへ運ばれるというのだ。
また、地中海を回ってきたミラとペルセウスが、クラーケンの動きがまたは激しくなったと報告した。「センスイカンやヘリコプターがたえまなく動いています」、
この二つのことはまちがいなく関係している。シーラじいさんは、みんなに言った。
「オリオンは大丈夫かしら」ベラは誰にともなく聞いた。しかし、誰も黙っていた。
オリオンもそれに気づいていた。二度と戻ってこないイルカが増えたのだ。そして、すぐに補充される。
いくら位置を知らせる機械を体に入れるといっても、ニンゲンは慣れているはずだ。そうそう死ぬことはないはずだ。
どう考えても、実戦に使われているのだ。子供も、オリオンには何も言わないが、不安そそうな眼をするようになった。
オリオンは思った。クラーケンは、地中海を出てヨーロッパという場所まで出没するようになったかもしれない。シーラじいさんたちも、アントニスからの情報でそれを知っているだろう。しかし、ぼくをここに閉じこめられているから、身動きが取れないのだ。
よし!オリオンは決断した。

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