シーラじいさん見聞録

   

大きな影が現れた。「アントニス!」イリアスが小さな声で叫んだ。アントニスは、体を出そうとしたが、うまくいかない。窓が狭くて、力が入らないのだ。
カモメたちも、木や塀の上で、誰か来ないか様子を見ながら、アントニスを見守った。
アントニスは、ようやく窓の枠に手をついて上半身を出すことができた。
そして、体をひねって窓枠にぶらさがった。すぐに4メートル下に飛びおりた。しかし、なかなか立てない。
桟の近くにいたカモメは、窓から部屋に入った。静まりかえったままだ。大丈夫だ。
アントニスはようやく立ちあがった。それから、急いでロープを伝って塀の上に上がり、下に飛びおりた。
イリアスは、うずくまっているアントニスに抱きついた。
「アントニス、大丈夫か」
「大丈夫だ。イリアス、ありがとう」
「いや、カモメが全部教えてくれたんだ」
「そうか。みんな、ありがとう」アントニスは、荒い息をしながら、近くにいるカモメに礼を言った。
カモメは、「ありがとう」はわかったので、「シーラじいさんたちが考えてくれたんですよ」と答えた。
アントニスは、カモメに通じないことはわかっていたが、「オリオンがいたよ。元気そうだった。ぼくらは家に帰る。いつもの場所で待っている。シーラじいさんにそう伝えてくれ」と早口で言った。
そして、腰に巻いていたロープを外してから、足を引きずりながら歩きだした。イリアスは、アントニスの体を支えた。
カモメたちは、4羽ずつ、アントニスとイリアスに同行するもの、建物を警戒するもの、そして、シーラじいさんに報告するものに別れた。
シーラじいさんたちには、アントニスが無事脱出したこと、また、オリオンが建物の中にいることが知らされた。
「オリオンが、笑顔でオリオンという言葉を言ったので、あの建物の中に無事にいると思います」
「そうか、何もかもうまくいったぞ!」リゲルが叫んだ。「ベラの作戦通りだよ」ペルセウスも言った。「イリアスが、海岸で石を投げていたので、思いついたのよ」ベラも興奮して答えた。
その時、アントニスとイリアスに同行しているカモメが1羽戻ってきた。
「アントニスとイリアスは、林を抜けながら、町に向かっています」
「それなら、すぐに会えるな」シーラじいさんも喜んだ。
建物を監視しているかカモメも1羽帰ってきた。「今のところニンゲンはアントニスがいないことに気づいていません」
「そうか。でも、おっつけ気がつくじゃろ。もし水槽を乗せたトラックが出て行くようなら、どこへ行くか調べてもらえんか」
「わかりました」カモメはすぐ建物に戻った。
「これからどうしますか?」リゲルが聞いた。
「アントニスは、わしらに会いたがっているじゃろ。それで、前の場所に戻ろうと思う」
「わかりました。ベラとペルセウスは、シーラじいさんについていってくれるか。他のものはここに残ろう。何かわかるかもしれない」
2日後、アントニスとイリアスが沖にいた。ペルセウスから、そのことを聞いたシーラじいさんとベラは、急いでボートに向かった。
アントニスとイリアスはシーラじいさんを探していた。シーラじいさんも急いで、ボートに向かった。
「よく無事に戻ってこられた」シーラじいさんは、大きな声で言った。
「ありがとうございました。みなさんのお陰です。それより、オリオンはいましたよ。元気そうでした」
「それを聞いて一安心じゃ。どうしていましたかな」
「2回会いました。捕まって、建物の中に入ったときです。最初薄暗くて、よく見えませんでしたが、目が慣れてくると、右手に大きなプールがあり、イルカやシャチが数十頭いるのに気がつきました。
ぼくは、横目で背びれのないイルカを探しました。オリオンです。まちがいないです。
オリオンも、ぼくに気がついたようで、前に来てから、体を横向きにしました。
ぼくも、合図を送ろうとしたのですが、急がされたので・・・。
取調室では、名前や住所を聞かれました。
それから、どうしてここに入ったかと聞くので、ぼくは画家で、木に上って場所を探していたが、眩暈がして、木から落ちそうになった。それで、塀の上に飛びおりた拍子に中に落ちてしまったと答えました。
それなら、どうして助けを呼ばないのだと言うので、この中はどうだろうと探していたので、知らせるのを忘れてしまったと言いました。
ギリシャ人やアメリカ人などのニンゲンが、じっとぼくを見ていましたが、本部から責任者が来るまで、しばらくここにいてもらおうと言いました。
そして、取調べ室を出てから、別の部屋に連れていかれるとき、今度は、プールの直角方向を通りました。
オリオンは近づいてきました。ぼくは、前を見ながら軽くうなずきました。
取調べを受けているとき、ここはどういう建物ですかと聞くと、海洋研究所だと答えましたが、スタッフがすれちがうとき、敬礼をするものがいましたから、軍に関係しているのかもしれません。
もう少し調べようと思っているとき、イリアスが窓を割って、ロープを投げてくれたのです。
それで、簡易ベッドのマットを外し、上に机を置きました。それで、何とか脱出することができたのです」

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