シーラじいさん見聞録

   

「イリアスがよくがんばってくれた。心からお礼をする。でも、病気は心配ないのか」
アントニスは、シーラじいさんの話をイリアスに伝えた。
「『大丈夫です。アントニスは、みんなのお陰で助けることができた。今度は、そのお礼にオリオンを助けたい』と言っています」
「それは心強いことじゃ。ただ、今度は警戒が厳しくなる。2人に何かあっては困る。
これからはわしらが何とかするつもりじゃ」
「でも、あそこにいるかぎりむずかしいですね」アントニスが、悔しそうに頭を振った。
「時間はかかるじゃろな」
「あそこが軍の施設だとすると、ニンゲンは、オリオンたちを軍事的に利用しようとしているのでしょうか」
「そうかもしれない」
「何のために」
「イルカなどは頭がいいということで、ニンゲン同士の戦いで、敵の機雷を見つけるために利用しようとしたらしいが、最近は、レーダーなどで発見するものが開発されているので、そう戦力とされていないと聞いているが、ただ軍事的なことは秘密にされているので、よくわからん。
わしは、クラーケンのことで、オリオンたちを利用しようとしているかもしれないと考えている」
「どういうことですか?」
「クラーケンは、その場所でニンゲンを襲うものを集めているが、その中にもぐりこませて、クラーケンが何をしようとしているか、また、どこに行こうとしているか知るのじゃ」
その時、施設を見張っているカモメが1羽帰ってきた。「2人とも無事でよかった」とでも言うように、2人に声をかけた。
それから、シーラじいさんに報告をした。「ニンゲンは、アントニスがいなくなっているのがわかってから大騒ぎしています。
監禁していた部屋の割れた窓ガラスや、木にロープがくくられているのを長い間調べていました。翌日から、塀の上で何か工事をしていました。
また、タンクは出入りしていますが、タンクについているから窓から覗いて、オリオンが出ていかないか確認しています」
「そこには何がいるのか」
「出ていくタンクには、ほとんど何もいません。入ってくるタンクにはイルカやシャチがいます」
ボートが揺れたかと思うと、何かがあらわれた。リゲルだ。
「リゲル、ご苦労じゃった。他のものはどうした?」シーラじいさんが聞いた。
「見張っていなければならないことがあるので」リゲルは口ごもった。
「構わない」シーラじいさんはリゲルを促した。
「カモメが言っていたように、あそこのニンゲンが、海に死体を捨てていました」
「やはり、そうか」
「誰かが、船が出ていくと言うので、警戒しながらついていくと、やがて船が止まり、なにやら大きなものを、海に捨てはじめました。
ぼくらは、沈んでいくものを追いかけると、何とオリオンやぼくの仲間でした。しかも、3つ4つに刻まれていました。
オリオンじゃないかと思うとたまらない気持ちになりましたが、逃げるわけにはいかないので、手分けをして、頭の部分と背中の部分を調べました。頭は傷だらけでした。
幸いにしてオリオンはいませんでした。カモメから話を聞いていましたが、おぞましい光景でした。それで、みんなで見張っている最中です」
「そうか実験は続けられているのじゃな」
「オリオンが心配です」じっと聞いていたベラが心配そうに聞いた。
「あせることはない。何度も言うが、オリオンはニンゲンの言葉を話すということで捕まっている。やつらも、オリオンが死んだら困るはずから、乱暴には扱わないはずじゃ」
その時、「ぼくがやるよ」と、イリアスが叫んだ。
シーラじいさんとリゲルの話は、イリアスどころか、アントニスにもわかっていないはずだ。
しかし、シーラじいさんやリゲルの声や表情から、オリオンに危険が迫っているのではないかと直感したにちがいない。
イリアスは話しつづけた。それは、誰かにというより、全員に、また自分自身に話しかけるようだった。
「オリオンを助けるためなら、何でもやる。ぼくが溺れているとき、オリオンは、戻ってきてぼくを助けてくれた。海にいるパパは、あのときのことを見ていただろう。
そして、『おまえ、このことを忘れるな』と言いたかったはずだ。パパ、心配することはないよ。お礼は必ずするつもりだし、それが今だということもわかっている」
イリアスは、そこまで言うと、遠くの海をじっと見た。まるでパパの姿を探すようだった。
アントニスは、イリアスの言葉をシーラじいさんに伝えた。
「イリアスは意志の強い子です。パパが帰ってくるかもしれないと、毎日、岬で待っているのです。任せてもらったら、どんなことでもやりとげます。
もちろん、ぼくも、オリオンを助けるためには何でもやります。何かおっしゃってください」
シーラじいさんはうーんと言ったまま黙っていた。しばらくして、「そうじゃな。オリオンが陸にいるかぎり、わしらには、何もできん」
2人は、シーラじいさんに近づいた。ボートが傾いた。
「わしらのことを理解してくれるニンゲンを集めてくれんか」シーラじいさんは、2人に頭を下げた。

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