シーラじいさん見聞録
その声で動揺が走った。みんなの体が固まった。「オリオン、どうしよう」リゲルが声を搾りだした。
オリオンは、一瞬考えたが、「陽動作戦を取ろう」と言った。
「それは?」
「ぼくらがグンカンを相手にしている間に、ミラが前に行く」
「えっ、ぼくがいなくても大丈夫なのか!」ミラが驚いた。
「そうだよ。ここではきみは、センスイカンやグンカンと同じように足手まといだ」
オリオンは、ミラがすぐに気持ちを切りかえることができるように答えた。
「そうか。分かったぞ」リゲルが言った。「ぼくらが、ニンゲンをひきつけている間に、ミラは地中海をめざすということだな」
「そうだ。だから、ペルセウスは、ミラにつきそってくれ。カモメも、半分はそっちに回ってほしい」オリオンは作戦を具体的に話した。
「了解」ペルセウスはすべて分かったようだ。そして、「カモメに説明してくる」と言って上に向かった。
ペルセウスだけでなく、シリウスやビラも、作戦の内容や自分たちの任務が分かった。
「それじゃ、ぼくらは、一本道まで戻って、そこにいるグンカンを襲うように見せかけるということだ」シリウスが言った。
「そうだ。大勢のクラーケンがいるように見せることができるかどうかが、この作戦の成否を決める。
しかし、あわてる必要はない。センスイカンは入れないし、グンカンも同時に襲ってくることもできないから」
「じゃ、どうするの?」ゲラが聞いた。
「4人でグンカンの近くで、海面を見え隠れする。すると、無数のクラーケンがいるように思って、ニンゲンは恐怖をおぼえるはずだ」
「なるほどね。それはおもしろいわ」ベラも納得した。
「ただ、あまり調子に乗ると、痛い目にあうから注意してくれよ。ニンゲンは、必ずぼくらを狙ってくるはずだから。だから、危険を感じたら、グンカンの下に隠れよう」
「これは、いつまで続けるのか?」リゲルが聞いた。
「この作戦の目的は、ミラを逃がすことだから、地中海方向にいるグンカンをこちらにおびきよせるまでやろう。その間にミラが動く。そこで、作戦を終了する」
「これはおもしろいことになってきたぞ」シリウスが叫んだ。
ペルセウスが戻ってきた。そして、「手配はすんだ」と報告した。
「ミラとペルセウスは、前にいるグンカンがいなくなったら、すぐに動いてくれ。
ただし、もう1ヶ所、同時に往来できる場所があるらしいが、そこでも同じようなことになっていれば、無理をせずに待っていてくれ」
「了解」ペルセウスは言った。「みんな気をつけてくれよ」ミラは、申しわけなさそうに言った。
「きみこそ、こんな狭いところで苦しいだろうが、もう少し辛抱してくれ。地中海では頼りにしているよ」オリオンは、ミラを慰めた。
「じゃ、後で会おう」リゲルも行った。
リゲルたちはゆっくり向かった。しばらくすると、何か叩きつけるような音がする。
「これは何だろう」シリウスが聞いた。
「ヘリコプターの音だ。ヘリコプターも加勢に来たようだ」オリオンが答えた。
「今の作戦で大丈夫だろうか」
「細心の注意がいる。ヘリコプターからも撃ってくるから」
「それなら、潜っているときでもジグザグに動こうか」リゲルが言った。
「そうしよう。そして、すぐに船の下に隠れよう」
「カモメは苦労するわ」ベラが言った。
「そうだろうな。無理をしなければいいが」オリオンが答えた。
いよいよグンカンらしき船が見えてきた。「ぼくらが来たことはわかっているはずだ。
とにかく動きまわろう。まずぼくが様子を見てくる」
オリオンは、そう言うと、が、ゆっくり船の舳先(へさき)近くに出てみた。「いたぞ!」という声が聞こえた。
そして、しばらく動きまわってから戻った。
「どうだった?」リゲルが聞いた。
「かなり警戒しているようだ。紅海のほうには、相当ヘリコプターが飛んでいるが、スエズ運河は狭いので、そう飛べない。船の近くにいるかぎり撃てないようだな。
それと、カモメがグンカンに止まったのが見えたから、ヘリコプターが近くに来ても大丈夫のようだ」
「了解。それでは、みんなで顔見せに行こうじゃいないか」リゲルも気合が入ってきた。
全員、休むことなく動きまわった。慣れてくると、「すぐに攻撃するぞ」と言わんばかりに船のすぐそばで挑発した。
ときおり、ドーンという激しい音がした。これは、相当気をつけなくては。船の下に来たとき、全員で声をかけあった。
オリオンが戻ってきたとき、リゲルが苦しそうにしていた。「どうした!」オリオンが聞いた。
「当たったようだ。体が痺れる」右脇腹から血が吹きだし、肉が見えていた
「これでは動けない。しばらくここにいたほうがいい」
「すまんな。しばらく休めば大丈夫だ」
「心配しなくていい。ぼくらで作戦を続けるから」
戻ってきたシリウスとベラに事情を話し、今まで以上に動きまわった。