シーラじいさん見聞録

   

「できるだけ早く紅海に入らなければならないが、カモメの情報なしに動いて、もしまちがっていたら取り返しがつかない。今後は警戒をくぐりぬけることに全力を尽くそう」
まず、無益な衝突を避けるために、近くに集団がいたら、通りすぎるのを待つことにした。
横に広がりながら進み、誰かが、集団の影を認めたら、すぐに全員に合図を送るのだ。
オリオンは、前方に何かいるのを感じた。みんなに連絡するために戻ろうとしたが、それは全く動かないのに気づいた。少し近づくと、どうも一人でいるようだ。少し上に向かうと、激しい音がする。ヘリコプターだ。
それでも動かない。そして、血のにおいがしてきた。死んでいるのにちがいない。何か妙なにおいもしてくる。それはどこかで嗅いだことがある。
そうだ!船やヘリコプターのにおいだ。船が転覆したとき、そして、その救助にきたヘリコプターが墜落したときのにおいだ。
海のものに襲われているニンゲンを助けているときは、夢中で気がつかなかったが、油が体にべっとりついていたと見え、「海の中の海」でからかわれたことがある。
そっと海面に出て、あたりを見まわした。しかし、ヘリコプターがかなり低く飛びまわり、海が波立っているが、それらしき様子はない。もしこの辺で、そんなことがあれば、油が海面に浮いているはずだ。
すると、どこかで体当たりでもしたのか。ミラは、潜って、それの真下まで行った。
この大きさはミラと同じクジラだ。体のあちこちが千切れている。オリオンは引きかえした。
ミラは、あいかわらずセンスイカンに追跡されていた。今のところ攻撃はされなかったが、どこからともなくあらわれてくる。もちろん、振りきることはできるが、それをしても、何もわからない。
そこで、横に動き、「誰かいないか」と合図を送った。しばらくして、「何かあったか」という返事が来た。ペルセウスのようだ。
「ペルセウスか。ちょうどよかった。ぼくのほうに来てくれ」と返事を送った。
「どうしたんだ?」ペルセウスが来た。
「センスイカンがしつこいんだ。それで、ぼくが前に進んで、センスイカンを呼びよせた後、すぐに逃げるから、きみはセンスイカンがどうするか調べてくれないか。
そうすれば、センスイカンを撒く方法がわかるかもしれない。紅海に入ったら、さらに警戒が厳しくなるだろうからな」
「そりゃ、おもしろそうだ」「じゃ、行くぞ」2人は、すぐに囮(おとり)作戦にかかった。
ミラはゆっくりと前に向かった。ペルセウスは少し斜め後方からついていった。
20分ほどすると、前方に黒いものがあらわれた。センスイカンだ。ミラと直角にゆっくり進んでいるようだ。そして、ミラに向かうように方向を変えた。
ミラは、まだそのままゆっくり進んだ。そして、50メートルほどに近づくと、ミラは、突然、右に方向を変え、ものすごい勢いで消えていった。
ペルセウスは、センスイカンの背後に行った。しかし、センスイカンは、ミラについていくことはせず、同じスピードでゆっくり進んだ。
しかし、突然、音が激しくなったと思うと、スピードを上げて反対方向に向かった。
ペルセウスは追いかけることをせずに、ミラを待った。
シリウスは、同じ仲間のイルカが10頭近く集まっているのを見つけた。そして、その中にゆっくり入っていった。
シャチは、いつも家族や仲間といるので、こういうことはできないが、イルカは、他の者がいても、そう気にしない。みんな緊張はしているか、所在なさそうにもしているようだ。
しばらくしてから、「次から次へとやられている。こんなことはもうやめないか」シリウスは、隣にいたイルカに水を向けた。
「馬鹿言え。大きなものが、ここを突破してくれれば、おれたちの出番だ。おれたちは、体は小さいが、ニンゲンに一番好かれているんだ。大人が無理なら、子供なら襲うことができるぞ」
「どうしてそこまでするんだ?」シリウスは食いさがった。
「よくわからないが、ニンゲンは、おれたちを滅ぼそうとしているらしい。『攻撃は最大の防御』と教わった。だから、やられる前にやるんだ」別のものが言った。
「しかも、ニンゲンは、海のいる者を食べないと、いずれ死ぬらしいから、おれたちが、こうしているだけでも、ニンゲンには打撃らしいぞ」さらに別のものが口を挟んだ。
「おい、おまえたち、いつカモメから襲撃指示が出るかもしれないのだぞ」誰かが叫んだ。
シリウスは目の前が真っ白になった。
ベラも、遠くに同じ仲間のシャチらしいのがいるのがわかった。かなりの数だ。しかも、急ぐふうではない。どうしても話を聞きたい。
しかし、近づけるだろうか。オリオンは、危険なことは絶対しないように言っている。
もし何かあれば、みんなが迷惑をするからだ。
しかし、こんなチャンスはめったにない。しばらくその場で様子を見ていたが、動く気配はない。せめてどの方向に行くかでも確認したい。そう思った瞬間、数頭のシャチがベラのほうに向かってきた。
ベラは、一瞬逃げようかとも思ったが、その場にとどまった。
「おい、何をしている!」誰かが叫んだ。ベラは、「何かできないかと思ってここに来ました」と答えた。
「おまえは女か?」別のものが素頓狂な声を上げた。

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