シーラじいさん見聞録

   

海面に上がらなくてもいいマグロのペルセウスと、誰よりも遠くのものを見るのが得意なベラと、かすかなにおいも逃がさないシリウスは、主に穴を見張り、リゲル、オリオン、ミラは、穴を基点にして、あらゆる場所に目を光らせることにした。
オリオンは、縦横に動きながら思った。ウミヘビのばあさんは、穴は陸への入り口と言っていたが、シーラじいさんは、多分そんなことない。その奥には、地殻というものがあると言っていた。
地殻は何十とあって、その下にはマントルというどろどろしたものがある。そこから噴きでてくるものに、硫化水素やメタンといった毒が含まれているということだ。
ただ、これはニンゲンから学んだことであって、ニンゲンは、宇宙より深海が苦手であるので、深海には、誰も、ニンゲンでも知らないものがあるかもしれないのだ。
シーラじいさんが、ウミヘビのばあさんの話を忘れるなよとつけくわえたのは、何があるかもしれないと忠告してくれているのだろう。
ただ、シーラじいさんは、神を信じろとは言わない。もし穴の奥が、ニンゲンも知らない大陸があって、そこに誰かが住んでいるのなら、神もいるかもしれない。
自分たちが平和なのは、神のおかげだと思うのは自然だからだ。その中に無断で入れば、神を信じているものは怒るだろう。そんなことはしてはいけないだ。
ウミヘビのばばあは、オリオンは海を平和にするために神が遣わしたものだといっているが、それは自分でもわからない。一度シーラじいさんに聞いてみたことがある。
おまえがボスに助けられたとき、ニンゲンの船が爆発して、おまえが空高く吹き飛ばされたのを、ウミヘビのばばあはどこかで見ていたのではないか。
ボスがおまえを助けたことを、占い師として解釈したのだ。おまえが海に落ちるとき、どこからか来たと思ったのかもしれない。とにかく、ウミヘビのばばあの占いに恥じないようにしなければなと言っていた。
数日後、海面にいると、リゲルがあわててやってきた。ペルセウスがいないと言う。
いつもはベラとシリウスは交代で海面に上がるのだが、そのときは、二人とも穴を離れた。
そして、帰ってくると、ペルセウスがいないことがわかった。二人は、誰か近づいたので、調べにいったのだろうと思った。
二人は、穴の近くに感覚を集中したが、特別の影も、においもしなかった。
ベラが急いで、そのことを言いにきた。ベラには戻るように言って、きみとミラを探していたというのだ。
リゲルは、「不審なものに出会わなかったかい?」と聞いた。
「いや、何も見なかった。穴の近くで、何かあったとしか思えないな」オリオンは答えた。
「しかし、誰かが穴に入っても、一人で入ったとは思えない。全員で作戦をはじめることは、ペルセウスはよくわかっているからな」
「ぼくがすぐに行ってくる。きみはミラをさがしてくれないか」
「そうしてくれるか。二人だけにしておけない」二人は別れた。
オリオンが穴に近づくと、二人は、監視に集中していた。
オリオンに気づくと、「オリオン、聞いたか」と、シリウスが心配そうな顔で言った。
「聞いた。それでやってきたんだ。その後、誰かが出てきた様子はないかい?」と穏やかに聞いた。
「いや、どんな影も見えない。ぼくがもう少し我慢をして、ここにいればよかったのだが」
「いや、気にしなくていいよ。ペルセウスほど俊敏なものはいない。今まででも、クラーケンの部下が仲間を集める会場からもうまく逃げてきたんだ。もし穴に入ったとしても、必ず出てくる」
「しかし、今度は猛毒がある」
「10分間止まることも、ペルセウスが見つけたんだ」
「オリオンは、どうしようと考えているの?」シリウスが、自分を責めてばかりいるので、ベラは思いきって聞いた。
「今度、硫化水素が止まったら、穴のまわりにいるものに聞いてくる。きみらは、このまま監視していてくれないか」
「ぼくも行くよ」シリウスが言った。
「いや、ぼくだけで行く。この前、みんなで行ったとき、興奮していただろう。静かに聞いてくるよ。10分間だけだから」
そして、硫化水素のにおいが薄くなってきたのを、シリウスから知らされると、オリオンは、穴に向かった。
穴に着くと、大きな声を出した。「お聞きしたいことがあります」
穴のまわりでゆっくり揺れていたものは、動きを留めたようだった。しかし、返事は返ってこなかった。オリオンは、もう一度同じことを言った。
すると、「何回も注意してやったのに、また来たのか。大馬鹿者を相手にする時間はない。さっさと帰れ」と大きな声が響いた。
オリオンは構わず、「この穴に、ぼくらの仲間が入ったかどうかだけを知りたいのです」
しかし、それには答がなかった。
一度引きかえそうかと思ったとき、「パパ、ちょっと聞いてやってよ。この子は、何か必死だ」という声がどこからか聞こえてきた。
パパ?怒鳴り声の子供なのか。もう少し近づこうとしたが、まだにおいが残っている。
「近づくなと言うと、何かあると思うのは大馬鹿者の証拠だ」パパは、子供に言った。
「でも、この子は、いつものやつらとちがうよ」
「どうしてわかる?」
「ぼくらは目が見ないが、この子が来ると、今までとちがう波を感じるんだ。どうも波が不規則なんだ。横に行ったり、上下に行ったりしている」
「ぼくもそう思う。多分、みんなと同じように動けないのに、一生懸命ついてきているような気がする」その子供より幼い声がした。弟か。
「おもえもそう思うかい。何回も来たというのは何かあるんだ。パパ、教えてあげなよ」
「おまえたち、どうしたんだい?今までは、そんなこと言わなかったのに。しかし、わたしにはわからないけどね」
「わしもわからないが、もう一度だけ話を聞いてやる」
オリオンは思わず近づいた。

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