シーラじいさん見聞録
気がつけば嵐は完全に静まっていた。自分たちが起こす波の音以外は聞こえなかった。
遠くで2,3の星が光っていたが、真上は、嵐とともに去らなかった雲が低く垂れこめているので、漆黒の闇が広がっていた。
オリオンはどうしたらいいのか考えた。このまま「安全な場所」に連れて行くべきか、しかし、そこは特別な海で、慣れない者は体が引っぱられるという。そして、部外者は立ち入りが厳しく禁止されている。
それじゃ、やみくも探しまわるのか。しかし、子供をつれてはいけない。
「わたしが探してくる」ベラが言った。
「大丈夫か?」
「大丈夫。どんな遠くでも見えるから。オリオンたちは、ここで子供を見てて」
「おれたちも行くよ。ベラのように見えないだろうが、大人を呼んでくる」ペルセウスとシリウスも声を揃えた。
「じゃ、頼む」オリオンは言った。
「ミラ、きみはここにいて、子供に何かあったら支えてくれ」
「了解。でも、その心配はなさそうだな」
子供を見ると、ミラの横でじっとしている。
しばらくすると、あちこちから波を立てて近づいてくる音がした。
「みんなを連れてきたよ」ベラの声だ。2,30頭いそうだ。
大人は、すぐに子供のまわりに集まってきた。
誰かが、「大丈夫か、心配したぞ」と声をかけた。そして、数頭で、子供の頭やまわり、下を念入りに調べた。
「どこもけがをしていないぞ」、「よくあの嵐に耐えたなあ」調べた大人はホッとしたように叫んだ。
「それじゃ、今晩はあの場所の端に連れていって様子を見よう」という声が上がり、ほとんどの者が子供を連れていった。
「みなさん」残った者の中で最年長らしき者がオリオンたちに言った。
「あの嵐の中を探してくれたと聞いて心より感謝します。
わしらも、朝から探そうと思っていたのだが、よく考えれば、あの子供が弱っていたら、風に流されて見つけられなかったかもしれない。
『安全な場所』でしばらく休めばすぐに回復するでしょう。
あの子供は、今回の訓練生の中で一番成績がよかったのに、なぜこんなことになったのか不思議でした。
教官に聞くと、あまり深追いをするなと注意をしていたのに、成績がよかったために、つい調子に乗ってしまったようです。相手が深く逃げたので、体力が続かなかったのです」
背後では2頭の教官が神妙に聞いていた。
自分の何倍もあるシャチに礼を言われて、オリオンたちは恐縮した。
オリオンは、すぐにもどって、シーラじいさんを探した。
シーラじいさんは、顛末を聞くと、「わしも、一度上に上がった。
ひどい嵐だったので、おまえたちもどこかに避難しているのかと思ったが、そうじゃったか。それはよいことをした」と喜んだ。
翌日、リゲルが、お兄さんの様子を見ながら、体を動かしていると、「昨日はありがとう」という声が聞こえた。訓練を受けている子供たちだ。3頭いる。
怪訝な顔をすると、「そうだろうな。きみはずっとここにいたのだから」と笑った。
子供たちは、昨晩の救出を話したあと、「きみたちには何回も助けられた」、「最初、どうして種類がちがう者が同じ行動をしているのかわからなかったが、別の者、特にぼくらより小さい者には、すぐれた能力や勇気があることがわかった」、「おじいさんを紹介してくれよ。先生もそう言っていた。教育について教えてもらいたいそうだ」などと口々にリゲルに声をかけた。
そして、子供たちは、また訓練のために出かけていった。
リゲルは、オリオンの顔を思いうかべていると、「リゲル、元気か」という声がした。
振り向くと、オリオンがそばにいた。
「オリオン、ここに来ちゃいけないんだ」リゲルは慌てた。
「いや、許可が出たんだ」
「昨日のことのお礼だそうだ」オリオンは得意そうに答えた。
「昨日のことは聞いたよ。よくやったじゃないか」
「きみがお世話になっているので、恩返しをしなくてはとがんばったんだ」
「おれのお陰だな」
「まっ、そうだな」二人は体をぶつけあい笑った。
「体はどうだ?」
「だいぶいいよ。そろそろここを出ようかと思っているんだ」
「でも、ここは、力を入れるとおぼれそうになった。普通の海とはだいぶちがうよ」
「そうだろう。ぼくも慣れるまで時間がかかった。今度は普通の海に慣れなくっちゃ」
「よくこんな場所を見つけたもんだな」
「ここを中心に社会を作ったんだな」
「前から疑問に思っていたんだけど、なぜ社会がある種類とない種類があるのだろう?
社会は、子供や弱っている者を助けてくれるのに」オリオンが聞いた。
「そういえばそうだ」リゲルが答えた。
「そして、同じ種類がいる社会と、そうでない社会がある。また、目的があるのとないのとあるような気がする」オリオンはさらに続けた。
「たとえば?」リゲルはオリオンを促した。
「たとえば、ここの社会は、同じ種類で、明確な目的はないが、『海の中の海』も社会とすれば、ちがう種類が集まっていて、明確な目的がある。
「なるほど」
「クラーケンの社会も、いろいろな者が集まっていて、明確な目的がある」
「どんな?」リゲルが聞いた。
「ニンゲンを攻撃する目的」
「それなら、ニンゲンの社会は、そして、目的は?」
「わからない」オリオンは正直に言った。
「きみと話していると、次から次へと疑問が浮かぶ。しかし、性急な結論は危険だ。シーラじいさんがいつも言っているとおりだ」
そのとき、訓練を受けている子供が来た。