シーラじいさん見聞録
「欲張りとはおもしろいことを言う。
確かに多く持つ者は、あまり分けあたえることをしないで、もっとほしくなるようじゃな。そして、財産を取られやしないか不安にもなる。
それはニンゲンだけでなく、『海の中の海』で見回り人をしていたおまえたちも見聞きしてきたことじゃ。
また、サイクロン、地震、雷などは誰が起こしているのか、あるいはいつ起こるかと不安じゃっただろうな。
そういう不安が宗教の生まれる素地だったはずじゃ。それで、神が生まれた。つまり神というものを考えた。それを利用したのが支配者というわけじゃが、それはまた別の話じゃ」
「宗教は大事なものなのですね」
「そうじゃ」
「それなら、なぜ神を信じる者と信じない者がいるのですか」シリウスがさらに聞いた。
「それはわからん。不安はなくなっていないと思うがな」
「結局いるかいないかではなく、思うか思わないかなのですね」ベラも自分の考えを言った。
「そうじゃろ」
「不安が多い者が信じて、不安の少ないものが信じないのですか」ペルセウスが聞いた。
「わしにはわからん。また、宗教にはキリスト教、仏教、イスラム教など数多くあるということじゃ。それぞれにはそれぞれの神があるのじゃ。他の神を信じている者と争うこともある」
「そんなことをすれば、不安がもっと増えるのではありませんか」めずらしくミラが聞いた。
「わしもそう思う。あとはおまえたちが考えることじゃ。世界にはわしらが知らないことがいっぱいある。ニンゲンだって、何もかも知っているということはない。
わしはおまえたちほど世界を知らない。わしらの仲間は岩陰から出ていくことがない。それは祖先が選んだ道だ。
おまえたちも自分たちの生き方から逃れることできない。姿かたちがちがうように、いや、ちがうからこそと言うべきか、生きている環境もちがう。
しかし、おまえたちは、自分の仲間以上に世界を見ることができる。そこには見えるものと見えないものがある。見えないものは見ることができないと思うじゃろうが、見えるもの下に、あるいは側にあると思うじゃ。そうすれば、見えているものがより深くわかるようになる」シーラじいさんの話は終った。
みんな、むずかしい宿題を出されたように離れていった。オリオンは、シーラじいさんの話を聞くときは、みんなのように質問ができない。何かにとらわれると、そればかりを考え、次に進めなくなるのだ。
一人になってから、シーラじいさんの話の全体を思いだした。
みんなも、ニンゲンが作った宗教や神について考えていると、いつのまにか自分たちの任務を考えていることに気づいていることだろう。
お兄さんやリゲルのことで身も心もすりへらす思いをしてきたが、任務は進んでいるのか。クラーケンたちを追いかけ、クラーケンに共感をおぼえた者を説得するために『海の中の海』を出てきたのに、クラーケンはどこに行ったかわからない。
その間に、クラーケンの影響を受けた者は、海にいる者だけでなく、空にいる者まで及び、ニンゲンを攻撃しているというのだ。たった7人ぐらいで何かできるというのだ。
神か。船や飛行機と同じように、ニンゲンは神も発明したのだ。それは、ニンゲンの心に入りこむ。
船や飛行機のようには早くないけど、船や飛行機が行けない場所にも行く。なぜなら、ニンゲンがもちはこぶからだ。
ぼくらには神がいない。これから、どうしたらいいのだろう。みんなはどう考えているのだろう。
神はいるかいないかではなく、思うか思わないかだということだ。ぼくらも、神がいると思えば、困難を克服できるかもしれない。
リゲルが回復したら、みんなで話しあおう。『海の中の海』の仕事を一生懸命するほうが世界の役に立つとみんなが考えれば、ぼくは喜んでそれに従う。
そのとき、何かが向ってくるのを感じた。オリオンは海に潜り、そちらを見た。
ものすごい早さだ。姿は見えないが、信号の声でペルセウスのようだ。
そして、オリオンの前に止まった。
「どうしたんだ?」オリオンが聞いた。
「シャチの様子がおかしいんだ」
「おれは、あのあとあちこち動きまわっていたんだけど、1頭のシャチが、まだ子供のようだったが、ふらふらして泳いでいるのを見た。
そのときは、別に気に留めなかったんだけど、子供のシャチは一人でいることはないし、特にここでは社会で育てるのだと気がついて、探しまくった。
しかし、わからない。そのうち、訓練を受けている子供たちや教師が何か叫んでいるのに気づいた。
どうやら、あの子供は訓練を受けている最中に行方不明になったようだぜ。
オリオン、きみも探してくれないか」ペルセウスは一気に話した。
「よし、案内してくれ」オリオンは、ペルセウスについていった。
「おれが見たのはこのあたりだ。それから、潜ったようだったのでどちらに行ったかわからない」
オリオンはあたりを見た。遠くで動く者が大勢いた。それもかなりの早さだ。
まだ見つかっていないようだ。少し暗くなってきている。シャチは数キロ先のものを探知できる能力を持っているが、あてずっぽうで探すことができるのか。
「ペルセウス、みんなを呼んできてくれ」。オリオンが叫んだ。