シーラじいさん見聞録

   

「みんなご苦労様。危ない目に会わなかった?」
「あやしそうな者が飛んできたときは、見つからないように隠れたので時間がかかったわ。
こちらに来そうなときは、これを海においてばらばらに逃げたの。
しかし、沈んでしまうと元も子もなくなるので気が気じゃなかったわ」1羽が答えた。
カモメは深くうなずいた。そして、「シーラじいさん、これです」仲間が運んできたものをシーラじいさんに見せた。
かなり大きな雑誌だった。オリオンは、ニューズウィークと英語で書かれているのがわかった。
「わたしたちの写真が載っていますでしょ?わたしたちが飛んでいるところが。
何が書いてあるかわからないですが、今回のことに関係があるにちがいないとみんなで話しあって、とりあえずこれをもってきましたが、他にも隠しています」
ペルセウスが、それが沈まないように下から支えた。
雑誌名の下には、カモメが5羽、海面のすぐ上を飛んでいるイラストがあった。よく見ると、遠くにある陸地を目指しているようだった。巨大なサメが数頭その後を追いかけている。
カモメたちは全体を理解していないようだったが、その絵から、何かただならぬものを感じたのだろう。
みんな、シーラじいさんのまわりに集まって雑誌を覗きこんだ。そして、何か書かれているか早く知りたかった。
シーラじいさんは、表紙のタイトルを大きな声で言った。
「『神が自然を守りはじめた』と書いてある。その下には、『楽園からの追放命令が人間に出される』とある」
みんな顔を見合わせた。意味がわからないのだ。しかし、カモメが交代で、嘴を使ってページをめくっていった。シーラじいさんは黙読を続けた。
「自然とはなんだった?」シリウスが、小さな声で横にいるベラに聞いた。
「私たちが見るすべてのものよ。シーラじいさんが教えてくれたじゃない。海も陸も空も、そして、わたしたち生きている者も自然の一部なの。
そのとき、ニンゲンは、自然かどうかという議論になったでしょ?」
「忘れたよ。結局どうだった?」
「もちろん、自然の一部よ。大昔に海にいた者が陸に上がり、長い年月をかけてニンゲンになったから。でも、ニンゲンはそれを忘れているかも知れないということよ」
「思いだした。そうだったな。あのとき、生きている者も生きていないものも自然だということがどうしても合点できなかった」
「この世のものすべてが自然と思えばいいのよ」
「それじゃ、ニンゲンは身内から攻撃されているのか?」
ベラは何か言おうとしたが、それまで黙読していたシーラじいさんが顔を上げて、「要点だけ読むことにする」と言った。
「ここじゃな。『海だけでなく、空の生物までもが人間を攻撃してくるようになった。
それは神に命令されているかのようだ。確かにこの数年サメが攻撃しているのは知られていたが、人間を襲わないといわれていたクジラやシャチなども人間や船を攻撃してくるようになった。
また、一部の野鳥が、鶏舎や豚舎の屋根や周囲に糞を集中的に落とすのが世界中で目撃されている。目撃者によれば、まるで見境なく都市を破壊する爆撃機のようだったと証言している。
今のところ、トリインフルエンザに発症した人は1万人ぐらいいるが、ほとんど東南アジアに限定されている。
しかし、このままでは早晩パンデミックが起こる可能性が高いと専門家は警告している。鶏舎や豚舎防御、あるいは有効なワクチンの開発が至急求められている。
同時に地震や火山の爆発が世界各地で頻発するようになり、大勢の人間が犠牲になっている。
ある科学者は、まるで、自然が自分を守るために人間を絶滅させているかのようだと言っている。
もはや人間は神から見放されたのか。ある宗教家はこう言っている。
もはや人間は、新しいノアの箱舟には乗ることが認められないのだ。以前、神は自分の短気を後悔したが、今は人間にチャンスを与えたことを後悔しているのだ。
このままではすべての生物が絶滅するかもしれない。それを避けるために人間を自然からから取りのぞかなければならないと決断されたのだ。人間は今すぐ悔い改めなければならない。人間は、そして世界はどうなるのだろうか」シーラじいさんは黙った。顔は苦しそうだった。
オリオンも、今までそんな表情を見たことがなかった。
「ウミヘビのばばあは、神はいると言っていますが、ほんとにいるのですか?」ペルセウスが聞いた。暗い雰囲気をなんとかしようとしたのかもしれない。
「わしにはわからない。ただ、ニンゲンは昔からそう思っている。しかし、それは迷信だ、神などいないと主張しているニンゲンも増えているそうじゃが」
「神を見たニンゲンはいないのですか」
「そうじゃな。自分たちの心にいると言っている」
「それなら、神などいないというニンゲンもいるはずだ」ペルセウスは独り合点した。
「どうもよくわからないな。地球や生き物が厳としてあるのに、それを作った神がいるかどうかわからないというのが」シリウスが独り言のように言った。
「ニンゲンは、この地球は自分のものと考えている証拠だよ」ペルセウスがそれに応じた。
「しかし、ニンゲンは地球から追いだされるかもしれないと言いだしたのもニンゲン自身じゃないのかしら」ベラも言った。
「それにしても、ニンゲンは欲張りだなあ」シリウスが話題を変えた。
「どうして?」ベラが聞いた。
「地球は自分のものと思うだけでなく、それを作った神まで考えたからね」
「シーラじいさんはどう思います?」ベラが聞いた。

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