シーラじいさん見聞録

   

シーラじいさんは、みんなの様子を見て、ここを出る日を決めようと考えた。
リゲルたちが、シャチの家族を見て自分の家族のことを思いだしているのがわかっていたからだ。
みんなの気持ちが一つにならなければ何かに向っていけないのだ。
ミラの話では、海面に出ると、音が聞こえなくても微かに空気が震えているのを感じるし、海の中でも、潜水艦の振動らしきものが常にあるという。
どこかでここと同じようなことが起きているのか。今は一家族でもいい、クラーケンの影響をはねのける者がいれば、その場所がとりかえしのできないことになるのは防げるはずだ。
シーラじいさんはみんなの気持ちを外に向けるように、ニンゲンが、今いる海をインド洋と名づけていることや、他に太平洋や大西洋という海があることなど教えた。
リゲルたちは、海は一つではないのか、それならそれぞれの海には端があって、それ以上は行けないのかと聞いてきた。
また、どうして生きていないものに名前をつけるのかと疑問をもつ者もいた。
シーラじいさんは、地球の成り立ちから海、陸について知っているかぎり話をした。
「確かに海は地球上には一つしかない。まあ、海の中に陸があると思ったらいい。
ニンゲンは、領土、領海に神経質で、戦いも、領土、領海を自分のものにしようという目的で行われてきた。
ただ領土、領海が広ければ広いほどいいということもあるじゃろが、近年は、領土、領海にある資源というものが目的になっておる。
陸や海のように、生きていないものにも名前をつけるのは、それは自分たちのものだと他の者に宣言するためじゃ。
もちろん、ニンゲンは昔から陸や海を行き来してきたので、名前があると便利だということもある。
今でこそ、ニンゲンは、道具を使って空を飛んだり、海を潜ったり、宇宙に行くこともできることができるが、つい最近までは、風で動く船で海を渡っていた。そして、星座を見て自分の場所が知るしかなかったのじゃ」
「ぼくらも、いつか空を飛べることができるかもしれないですね。そうすれば、あのカモメたちのように飛んで、クラーケンを見つけることができるだろう」ペルセウスが叫んだ。
「ぼくらの任務はインド洋の中だけですか。太平洋や大西洋にも行きたいなあ」とシリウスもペルセウスに負けないほどの声を上げた。
「シリウス、それじゃ、きみがぼくらのリーダーになって引っぱってくれるかい?」リゲルが、シリウスをからかった。
「いや、そうじゃないんですよ。クラーケンをいるとわかれば、太平洋や大西洋でも行くということです」シリウスは、恥ずかしそうに言った。
シーラじいさんは、みんなの気持ちが一つになりはじめているのを確認して、少し休息をしてから出発することにした。
リゲルたちも、体を休めながら、シーラじいさんの合図を待つことにした。
翌日、リゲルはシャチの息子が来る場所にいた。
あの家族はぼくらの任務を理解してくれたようだ。最初は相手が逃げても、経験を積めばうまく伝えるようになるだろう。そうなれば、クラーケンの影響を受けた者に同調する者は増えないはずだ。
そして、もうすぐお別れだ。ぼくらは行く。もう会うこともないだろうが、いつまでも家族と一緒に幸せに暮らしてくれ。
リゲルは、自分の思いを聞きながら、ゆっくり泳いでいた。
その時、黒いものが向ってきた。リゲルは、思わずその場を離れた。
「ぼくだ」という声が聞こえた。速度を緩めて振りかえると息子だ。「あっ、きみか」
息子は笑顔でうなずいたが、どうもおかしい。おどおどしている。
「何かあったのか」リゲルが聞いた。
息子は少し迷っているようだったが、「実は上の兄さんがいなくなっているんだ」と言った。息子の顔は泣きそうになった。
「いつからなんだ?」
「3日前だ。ぼくら兄弟で話をしていたんだけど、クラーケンのことになって、下の兄さんが、『そいつが目の前にあらわれたらすぐに逃げようぜ』と言った。
上の兄さんは『おれたちはクジラより強いんだぜ。足がいくらでっかくとも、いくらあろうとも、順番に食いちぎって丸裸にすれば、何てことないさ』と答えたので、下の兄さんが、『それなら、今暴れている連中をやっつけるのはどうなんだ』とけしかけた。
上の兄さんは、『それじゃ、ここで待ってろ。すぐに勝負をつけてくる』と言ってでかけようとしたんだ。
ぼくは、『兄さん、みんなの話を聞いたじゃないか。そんなことしたって何の解決にもならないんだから』と止めたんだけど、どこかに行ったきりなんだ」
「そうだったのか」
「パパは、このことは君たちに黙っておくように言った。大体、もうここにはいないはずだとも言った。
ぼくもそう思ったけど、何気なく来てしまったんだ。君がいてうれしかったよ」
「シーラじいさんの合図を待っているところなので、ぼくも、きみに会うことはないと思っていた」
そう言うと、リゲルは、仲間に信号を送った。しばらくすると、ミラ以外のものが全員集まってきた。
リゲルは、みんなシャチの家族のことが気になっていたのかもしれないなと思いながら、息子から聞いた話をした。
「それじゃ、みんなで探しにいこうじゃないか」ペルセウスが言った。
「ぼくもそれに賛成だ」シリウスも同意した。
リゲルは、息子を助けてやりたいが、シーラじいさんは、どんなことがあっても争いに近づくことは禁じている。それに、いつ出発する合図があるかもわからないのだと悩んだ。
息子の顔を見ると、そこにも、「きみの考えていることはわかるよ。こんなことを言ったぼくが悪かった」という思いと、お兄さんを心配している思いが重なっていた。

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