シーラじいさん見聞録
そして、「子供がおびえてしまっているんだ」と後ろを振りかえった。
確かに母親らしい者のそばを離れず、おびえた目でオリオンを見ている子供たちがいた。しかも、全員がたがた震えているようだ。
「知らない者があわてふためいて逃げるのを見てこんなことになった」
オリオンは、子供たちに少し近づいて、「みんな、もう恐くないからね」と声をかけた。
しかし、じっと見ているだけだった。
親に向って、「『海の中の海』の門番に、子供たちをすぐに病院へ連れていくように話をします」と言った。
それぞれの親は、口々に「ありがとうございます」と礼を述べた。
オリオンは、「それでは急ぎましょう」と促した。
第一門に近づくに連れて、大きな影があちこちから集ってくるのが見えた。やはり多くの者が逃れているようだ。
オリオンは、第一門のところで、自分が連れてきたものたちを止めた。
しばらくすると、サメの見回り人が近づいた。子供たちは、驚いて親の後ろに隠れた。
「あははは、恐くないからね」見回り人は少し下がって止まった。
「どこかで、大きな怪物を見ましたか」と大人にたずねた。
先ほどの親が、「何も見ませんでした。しかし、子供たちが、わたしたちの国に逃げこんでくる者に驚いてしまって。
毎日入ってくる者が増えてきたので、しばらく国を離れなければたいへんなことになると判断しました。
そして、避難先を探しているとき、ここを紹介されました」と経緯を話した。
オリオンは、「子供たちを病院で治療を受けさせる必要があります」と、見回り人に言った。
「そのようだな。すぐに連れていく」と見回り人は約束してくれた。
「パパ、病院ってなに?」と心配そうに聞く子供の声が聞こえた。
「おまえを元通りにしてくれるところだよ」
「それじゃ、また国に戻れるの?」
「戻れる」と父親らしき声が言った。
オリオンは、自分が連れてきた者を見送ってから、向きを変えた。また新たな影がやってきているのが見えた。
一日に連れてくる数が増えた。
話を聞くと、クラーケンの部下を直接見たという者もあらわれるようになった。
「そりゃ、すごいぞ。何か来るなと感じたので、振りかえったとたん、何かにはじきとばされてしまった。
あわてて体を立てなおして、まわりを見ると、見たこともない大きなやつが通りすぎるところだった。しかも三頭いた」と語る老人もいた。
「海の中の海」に入ることが認められて、十分休養したものは出ていくという約束であったが、ここにいれば、食料があり、また、何一つ危険なこともない。しかも、心が自分の家に帰ってきたような気持ちになるので、誰も出ていこうとしなかった。
長老たちは、見回り人に対して、これからは許可を与える基準を高くする指示を出した。
集団の中に病気やけがをしている者がいない場合は入れないようにするのだ。
見回り人が、クラーケンの部下が、「海の中の海」の近くまで来ていると知らせたときは、緊張が走った。
誰も、クラーケンとニンゲンの戦いがいよいよはじまったのではないかと思うようになった。
第一門、第二門には、誰も潜りぬけられないほどの門番が配置された。
訓練生は、「海の中の海」の中で、避難をしてきた者の世話をする任務につくことになった。
最初に出あった子供たちも、オリオンを見つけると集ってくるようになった。
きがたがた震えていた子供たちが、「海の中の海」で元気になり、笑顔で走りまわれるようになったのを見ると、絶対ここを守らなければならない、そして、外もここのようにしなければならないと思った。
ある日、「オリオン」という声が響いた。
自分の名前を呼ぶのは、リゲルだけだが、みんながいる場所では絶対呼ばないはずだがと振りかえると、かなり大きなマグロが笑顔でオリオンを見ていた。
「ペリセウス」オリオンも、思わず名前を呼んだ。
ペリセウスは急いで近づいてきて、「その節は、お世話になりました」と大きな声で挨拶をした。
「久しぶりだな。どうしてここへ」と聞いた。
「ちょっと」と言ったが、顔が一気に曇った。
「また、何かあったのか」オリオンも心配そうに言った。
「すべてわたしの責任です。あれ以来、若者が一つになり、国を守る組織を作ることができました。
ときどき豊富な食料を狙ってくる者がいました。シーラじいさんとオリオンの教えどおり、ある程度は与えましたが、国民を守ることを第一に考えました。そうだ、紹介します」
ペリセウスは、そう言うと、後ろを振りかえった。
そこには10頭近い者がずらっと並んでいた。
「我が国の組織の幹部候補生です。こちらはいつも話している方だ」
幹部候補生は、全員姿勢を正して頭を下げた。
オリオンも頭を下げたが、「それで、どうした?」と話を元に戻した。
「最近外の様子がおかしいので、部下に調査を命じました。すると、その間に、見知らぬ者が大勢入ってきてしまいました。
なんとか食いとめることができましたが、かなりの部下が負傷しました。
しかも重傷者がいてどうしようかと思案していると、調査から帰った者が、傷を治してくれるところがあるらしいと聞いてきました。
わたしは、シーラじいさんとオリオンのところにちがいないと思い、幹部候補生の一部とともにここへ、負傷した部下たちを連れてきました。
門番に、シーラじいさんとオリオンの友だちだと言って、中へ入れてもらいました。
今、病院へ行ってきたところです。そのことで、門番から照会があると思います。
しばらく入院が必要だそうですので、我々は、いったん帰ります。ところで、シーラじいさんは?」
オリオンが答えようとすると、大きな声が聞こえた。