シーラじいさん見聞録

   

リゲルは近づいて、「シーラじいさん、オリオンが言ったようになりましたね」と言った。声をひそめているけれど、オリオンは、リゲルが今までないほど興奮しているのがわかった。
シーラじいさんは、大きな決断をしたためか身動きせずにいる長老たちから少し離れてから答えた。
「そうじゃな。しかし、長老たちはずっと議論をして出した結論じゃ」
「ぼくは、引きかえせない決断をしたと思うのですが、シーラじいさんは、どう思いますか?」リゲルの興奮は続いていた。
「確かに。わしらも、ニンゲンも、そうやって自らの道を切りひらいてきた。
カエサルというニンゲンは、それを、『賽は投げられた』という言葉であらわした」
「サイ?」
「わしも見たことないが、四角いものの表面に黒い点が打ってある。それは、おまえたちもおぼえている数字を表している。黒い点が一つあれば1。二つあれば2というように。
それを投げて、上にある面の数字で、いろいろな遊びがはじまる」
「つまり、出てきた数字が自分の運命を決めるということですか?」
「そのとおり」
「それなら、カエサルは、何をしたのですか?」
「カエサルというニンゲンは、ここから北にあるローマという国の軍人だった。
他の国と戦って大きな戦果を得たが、それが、国の権力者を警戒させた。軍隊を解散して国に帰るように命令を下した。
しかし、それを不服としたシーザーは、国境のルビコン川を兵士を連れて渡ることを帰る決断をした。そのときに、この言葉を使ったのじゃ」
「なぜ、権力者は、そんな命令をしたのですか?自分の国の軍隊なのに」
「当時は、誰もが、独裁者になろうとしていた。カエサルは、国民の支持もあったし、強大な軍隊を動かすことができるのを恐れたのじゃろ」
「そうでしたか」
「長老たちは、ここにじっとしていて、外の争いが終るのを待っていることもできた。
実際、そうしてきた者も多かったはずじゃ。
しかし、今の長老たちは、ここの理想を守るために、あえて開放することを決めた」
リゲルとオリオンはじっと聞いていた。
広場では、病院関係者や門番を含めた、それぞれの部門の幹部が集って、改革委員会のメンバーから話を聞いていた。
傷ついた者を入れる場合、どのような連携を取るかという指示をしていた。
オリオンは、不安そうにその光景を見つめていた。
「オリオン」とシーラじいさんは声をかけた。そして、「おまえは、何を考えおる?」
と聞いた。
オリオンは、泣きそうな顔で答えた。
「深く考えもしないで、あんなことを言ったことを後悔しています」
「おまえは何も心配しなくていい。むしろ喜ばなくてはならぬ。
組織というものは、良かれ悪しかれ、そこにいる者の思いでできておる。
おまえが、こうであるべきだと思うことが取りいれられたのだから、おまえには、組織に対する責任がついてくる。
その責任をどう果たしていくかだけを考えておけ」
オリオンは、黙ってうなずいた。
その話が終るのを待っていたかのように、リゲルが、シーラじいさんの顔にふれるぐらい近づいた。
そして、小さな声で言った。
「クラーケンの部下を率いている者がいるということでしたが、あれは、ベテルギウスではないでしょうか」
オリオンも、ぐっと身を寄せた。
「わしも、そう思わんかったこともない。
わしらが城塞に行ったとき、あちこちから奴隷を集めて、とてつもなく大きな穴を開けていた。
あれは、クラーケン帝国の者を受けいれる準備だったにちがいない。
それなら、ベテルギウスのような部外者が突然あそこに入れるのかどうかという疑問がある」
「オリオンはどう思う?」とリゲルはオリオンのほうを向いた。
「ぼくの知っている人の仲間が、その部隊長を見た。どこかで見たようなやつだと言っていたそうだ。
ぼくも、ベテルギウスのような気がするが、ニンゲンとの戦いが近づいているのなら、目撃される機会はさらに増えるはずだ。そうすれば、はっきりすると思う」
オリオンは、ベテルギウスがどこにいようとも、絶対助けるという思いがあったが、冷静に答えた。
今「海の中の海」で起きていることに対して、訓練生の一人として全力でぶつかっていかなければならないと考えたからだ。
幹部集会がどうやら終ったようだ。それぞれ急いで自分の部署に戻っていった。
「おまえたちも、自分の部署に帰れ」シーラじいさんは話を打ちきった。
二人も、自分の部署に急いだ。

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