シーラじいさん見聞録

   

日頃冷静なリゲルを知っているシーラじいさんとオリオンは、そのあわてぶりが信じられなかった。
「ボスに何かあったのか?リゲル」オリオンは、リゲルを落ちつかせた。
「ボスがあの城塞へ行ったんだ」
「じゃ、ベテルギウスは見つかったのか?」
「いや、ボスが襲われた」
「あの城塞の兵士がいくら攻めてきても、ボスの敵ではないだろう」
「ところが、ぼくらが見たこともない怪物が出てきたというのだ」
「えっ、もう少しゆっくり話してくれ」
「ボスは、ぼくとの約束を守って要塞に行ってくれんだ。ベテルギウスを助けたら、すぐにここへ帰れるように見回り人が何人かついていった」
「リゲル、きみは行かなかったのか?」
「そうなんだ。もちろんぼくに話があったんだけど、ぼくは、ある仲裁のために出かけなければならなかった」リゲルは、残念そうに首を振った。
「ボスならきっと助けてくれるからと隊長が慰めてくれたので、ぼくは自分の仕事に向かった」
「それで?」
「ついていった者の話では、ボスが近づくと、しーんと静まりかえっていた城塞から突然雲のようなものが飛びだしてきたというのだ」
「それはなんだ?」
「ボスは、気にもとめず、さらに近づいた。すると、その雲のようなものは、途中で五つに分かれた。二つが両方の目、さらに、二つが腹びれ、最後にボスの尾びれに取りついた。
ボスは、すぐに振りはらおうとしたが、なかなか取れなかったようだ」
「どうしたんだ?」
「見回り人の話では、クラゲだったといっている。それがボスの体に刺さった」
「クラゲ?クラゲはふわふわただよっているだけじゃないか」
「それが、ぼくらぐらい速かったそうだ」。
「信じられない」
「すると、今度は真っ黒なものが飛びだしてきて、ボスに向った」
「またクラゲか?」
「いや、今度はサメの軍団だった。何十というサメがボスに噛みつきはじめた。見回り人の話では、ぼくらの仲間のサメより倍ほど大きかったそうだ」
「ああ」オリオンは悲しそうに声を上げた。
「ボスは逃げようとしたが、クラゲの毒がききはじめたのか体がうまく動かせなくなっていた。そのとき、また城塞から大きなものが出てきた」
「えっ!」
「そいつは、体をひきつけたかと思うと、その反動ですっと進みながらボスに向った」
「1人じゃないのか!」
「なんとかクラゲやサメを振りはらい、海面に急ごうとしていたボスに絡みついた」
「何だ?」
「ボスより大きいイカだ。そいつが、ものすごい足を使って、ボスをがんじがらめにしようとしたんだ」
「ボスより大きいといっても、ボスの仲間は、イカを食料としているはずだ」
オリオンは信じられなかった。
「しかし、ボスは、何回も動いたり止まったりして、そいつから逃れようとした。
ようやく何本かの足をはずすことができたので少し体を動かすことができた。
もう少し押さえつけられていたら、危ないところだったようだ。仲間は助けようと、イカに近づこうとしたが、巨大なサメが行く手を阻むので、どうしようもなかった」
「ボスは大丈夫だったのか?」
「それでも、上に向うと大きな黒い影がもつれあっているのが見えた。ボスとイカの戦いはまだ続いていたのだ。
ボスは、そいつをもちあげて、海面にたたきつけようとしたが、あまりに重く思うようにいかず、そいつは、ボスを引きずりこもうとしたが、ボスはするりと抜けた。二人の戦いのために海がかなり深くまでうねった」
「ボスは大丈夫か?」
「ボスが、そいつの足を数本引きちぎると、ようやくボスから離れていった。クラゲやサメもそいつについていった」
オリオンは言葉が出なかった。
「みんなボスに駆けよった。ボスの体は、あちこち白い肉が見えるほど傷ついていた。
わしは大丈夫だ。油断しすぎたな。おまえたちは、すぐに海の中の海に戻れ、そして全員で警戒せよと言って消えていった」
「シーラじいさん、何が起きたのですか」オリオンは、不安そうな顔でシーラじいさんを見た。
リゲルの話を黙って聞いていたシーラじいさんは呟くように言った。
「クラーケンはいたのか」
「クラーケン!」二人は叫んだ。
「クラーケンは、長い手足で、ニンゲンの船に巻きついて沈めてしまう怪物だと恐れられている。体長は2500メートルもあるらしい」
「2500メートル!」2人は同時に声を出した。
「わしら海にいる者でも、そんな大きな者がいるとは聞いたことないし、大体そんな大きくては生きていけないから想像の動物だろうが」
「「想像?」オリオンがすぐさま聞いた。
「実際にはいないが、ニンゲンが頭の中で考えることじゃ」
「そんなことができるのですか」
「できる。ニンゲンは、動物だけでなく、機械などでも、現実にあればいいなあと思って、それを作ってきた」
「それじゃ、クラーケンは、ニンゲンが作ったのですか?」リゲルが聞いた。
「それはちがうじゃろ。しかし、2500メートルもなくても、ボスぐらい大きな者がいるというのも聞いたことない。みんなが見たというのなら信じるしかない。それなら、わしらが知らない海底の国があるのかもしれないな」
「海底の国?」オリオンが聞いた。
「海は大きな変化を何回も繰りかえしてきたといわれている。大きな変化から逃げて、どこかに隠れすんでいる者がいるかもしれない」
2人は顔を見合わせた。

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