シーラじいさん見聞録

   

長老の代表は、改革委員会のメンバーを見ながら言った。
「これがみんなの総意だ。『海の中の海』がきみたちの努力にかかっていることは誰にも異論はない。今後も一致協力して、改革を進めてほしい」
「ありがとうございました」リーダーは深々と頭を下げた。他のメンバーも続いた。
判決を述べた長老は笑みを浮かべた。その後ろに並んでいる長老たちも、それぞれ議論を尽くしきったという表情だった。
そして、改革委員会のメンバーは引きあげた。
判決の内容は、すぐに『海の中の海』に伝わった。もちろん病院にも伝えられた。
入院している兵士は喜んだが、指揮官だけは、何かじっと考えているようだった。
2人をなくしたことだけでなく、もう一つ気がかりなことがあったのだ。
それは、オリオンと同い年ぐらいの若い見回り人の快復が遅れていることだ。
最初の診察では、他の兵士と変らない骨折や傷口があった。それだけなら、海草を体に巻きつけておれば、次第に治っていくように思われたが、ときおり意識が薄れていくようになったのだ。
医者は、海草を換えるときに、骨折や傷口を見たが、腫れも小さくなり、傷もふさがっていっていた。それなのに、どうして体力がもどらないのか不思議に思った。
指揮官は、いつも心配そうに見守っていたが、やはり精神的な傷が残ったままなのかと心配した。
しかし、意識が薄れる回数が少なくなっていた。そこで、指揮官は、判決のことを伝えた。
そして、「おまえたちの苦労は認められたのだ」とつけくわえた。
見回り人は、「よかった」と小さな声で答えた。指揮官は安心した。
リゲルも、毎日見回りの任務を終えてオリオンを訪ねた。もちろんその判決を知っていた。
「快復したら、見回り人に推薦するよ。もちろん反対する者などいないだろうが」
オリオンも、リゲルと働きたいと思った。
シーラじいさんは、集っていた雑誌や新聞を読み、役に立ちそうな情報を集めていた。
また質問に答えて、一日を過ごしていた。
オリオンの見舞いにいきたかったが、ここでは、誰か入院をしても、外にいる家族に知らされなかったので遠慮していた。
もし死んでも、その家族は、『海の中の海』の門で待っていて、そこで葬儀が行われるというのだった。
改革委員会の1人が質問の帰りがけに言った。
「今度の判決を快く思っていない者もいるようですね。長老の中にもいるということですが」
シーラじいさんは、やはりと思った。
以前変化を嫌って出ていった者に同調している者が少なからず残っているのはわかっていた。
「どうように言っておるのか」と聞いた。
「最近規律に従わないという理由で追放処分をされた者がいるのに、今回、何も処分がないのはおかしいというようなことらしいです。
ただ、前は『海の中の海』の規律だったが、今回は、死亡者が出たが、改革委員会のことだと主張する者もいるようです」
それは、リゲルとベテルギウスの件だが、建前だけであっても、そういう処分を下した以上、今回も一貫した対応が必要だったのだ。
このままでは、後々までしこりが残りそうだと考えたシーラじいさんは、リーダーを呼んだ。
組織というものは生きている。だから、一つところにとどまらないで、わしらが知らないところに行こうとしている。
しかし、どこに向かっているかを見て、もしあぶないところに行こうとするなら、その首根っこをつかまえて引きもどすぐらいの勇気を持てという趣旨の話をした。
オリオンも、兵士ではない入院患者が、判決に対する不満を言っているのを聞くことがあった。
リゲルが見舞いに来たとき、それを言った。
リゲルは、少し言いよどんだが、「確かに何か言っている者がいるが、長老たちが話しあい、ボスが承認したのだから、『海の中の海』に一番いい判決だと思うよ」と答えた。
改革委員会のリーダーは、長老の許可があれば、また全員を集めて、シーラじいさんに話をしてもらおうと考えていたが、仲裁がたまっていて、しばらくはできそうになかった。
だから、不満を持っていそうな者に、シーラじいさんの考えを伝えて、改革にはきみたちの力がいると協力を求めた。
その効果があって、不満を声高に言ったり、出ていったりする者はいなかった。
快復が遅れていた若い見回り人は徐々に動けるようになった。
医者も安心して、診察を少なくなった。指揮官やオリオンとも話を楽しんだ。
若い見回り人も、同僚のリゲルやオリオンが近くにいるのが一番楽しそうだった。
3人で、戦いを振り返り、讃えあった。
「よくあれだけの人数で戦ったものだなあ」
「そうだ。戦いはやはり勇気だ」
「そして、一人一人の勇気をどう一つにするかが指揮官の仕事だ」リゲルも話に加わった。
「おれも、あの指揮官のようになりたい」
「今は現役を離れているのにみごとだった。シーラじいさんという参謀がいたからこそだが」
「才能があるのだ。また戦いがあれば、あの指揮官の下で働きたい」
話は尽きなかった。シーラじいさんも、若い見回り人が快復したのを聞き、初めて病院へいった。
3人が話しているのを聞き、組織には、若いエネルギーを集める容器がなければならないと思った。

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