シーラじいさん見聞録

   

見回り人はオリオンが見つけたときと同じように浮いていた。
アイパッチと呼ばれる白い模様の下にある眼をつぶっているので、心地よい波が子守唄のようになってうたたねをしているように見えた。
ただ反対側の腹はさらに傷口が広がっていて、血のにおいをかぎつけてすでに近づいている者の気配があった。
みんな警戒を強めた。影はさっと消えたが、近くにも敵の兵士が5,6頭浮いているので、そっちへ向ったようだ。
黙って見回り人を見ていた指揮官は、「よく戦ってくれた」と声を搾りだした。
そして、自分の体を見回り人の体に当てたまま、じっとしていた。
ついてきていた同僚も、何回も大きな声を出した。
オリオンも、涙が溢れてきて、波に揺れている見回り人が見えないほどだった。
「シーラじいさん、2人を連れてかえりましょう」オリオンは涙声で言った。
「そういうことはできない」シーラじいさんはきっぱり言った。
「でも、ぼくも意識がなくなっていたけど、ボスは、ぼくを「海の中の海」に運んでくれたでしょう?今なら間にあうじゃないですか」
オリオンは、食いさがった。
「あのとき、おまえの心臓はまだかすかに動いているのがわかったから、ボスは連れていくことを決めた。しかし、2人はそうではない」
「また動くことはないのですか」
「残念ながらない。2人がよく戦ったので、多くのニンゲンが助かったのじゃ。
もし2人がいなかったら、おまえたちだけで、あれだけの敵を追いかえすことできなかったじゃろ」
シーラじいさんは、指揮官と同僚の見回り人を見ながら言った。
そのとき、見回り人の体がぐらっと傾いたと思うと、ゆっくり沈みだした。
誰かが、「あっ」という声を上げた。
腹を上に沈んでいるのだろう、見回り人は白い影となってどんどん小さくなりはじめた。それを、いくつかの影が追っていく。オリオンは追っていこうとした。
「追ってならぬ」シーラじいさんは、オリオンを制した。
「でも」
かわいそうな見回り人に悪さをする者が来ているじゃないですかというオリオンの思いは、他の者の思いでもあると考えて、シーラじいさんは、もう一度指揮官と同僚を見て言った。
「改革委員会のメンバーももう沈んでいるであろう。2人には行くところがある」
「どこへ?」
「わしらにはわからないが、2人は誰かに導かれていくのじゃ。そして、2人の命は、多くの者に分けあたえられる。
2人はもうわしらの手から離れたのじゃ。だから追ってはいけない」
誰も、何も言わなかった。
「さよなら」オリオンは叫んだ。
「さあ行くぞ」指揮官は、悲しみを振りはらうかのように大きな声を出した。
あたりを見ると、波に漂っていた敵の兵士もすべて消えていた。
誰かは、敵味方とも、同じところへ導いているのか、そして、その中にベテルギウスがいたのではないかと、オリオンはちらっと思ったが、それ以上考えないようにした。
改革委員会のメンバーを見送った二人も呆然としていた。
指揮官は、何も言わずに二人にうなずいた。そして、すぐにそこを離れた。
みんな疲れていた。オリオンは、背びれがほとんどないので、敵の攻撃をかわすのには苦労した。指揮官は、それがわかっているので、なるべくオリオンのそばにいた。
また、ネクタイなどを口にくわえて全力で泳いだので、口の端が切れている。
指揮官は、シャチだから、イルカやサメより大きいが、あれだけの兵士を相手にしたので、あちこち引きちぎられた跡が残っている。他の者も、体のあちこちに負傷している。
シーラじいさんは、このままでは、致命的な傷を負う者が出てくるかもしれないと思って、帰りを急がせたのだ。
みんな黙って泳いだ。指揮官は、何回も休憩を命じた。
2日ほどして、ようやく「海の中の海」にたどりつくことができた。
指揮官たちが帰ってきたことはたちまち伝わった。すぐに改革委員会のリーダーたちがやってきた。
「心配していたぞ」
「心配をおかけました」指揮官は頭を下げた。そして、「実は・・・」という言葉を出そうとしたとき、リーダーは、「2人いないが」と聞いた。
「残念なことになってしまいました」
「どうした?」
指揮官は、戦いのすべてを話し、2人が亡くなったことを言った。
リーダーたちはじっと聞いていた。しばらくして、「そうだったか。途中で引きあげることはできなかったことはわかる。それなら、途中で援軍を求める伝令を送ることもできただろう?
わたしらは兵士でない。見回り人を派遣することもできたはずだ」と言った。
「見回り人と改革委員会のメンバーを失ったのはわたしの責任であります。どんな処分も受けます」指揮官は、頭を下げた。
「わかった。みんなよく帰ってきてくれた。しかし、かなりけがをしているようだから、すぐに病院ヘ行って手当てをしてもらってくれ。
今回のことは、わたしから長老たちに説明しておく」
そのとき、シーラじいさんが声を出した。
「ちょっと待ってくれ。今回のことはみんなわしが悪い。わしが、オリオンにニンゲンを助けるように言ったものだから、指揮官たちは動かざるをえなかった。
そのことも、長老に伝えてくれ。悪いのはわし一人じゃ」

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