シーラじいさん見聞録
オリオンは、「ぼくが何かしたのですか」と不安そうに聞いた。そのとき、上官の友だちの娘とはいえ、「海の中の海」の者以外に、自分の任務についてしゃべったことが頭をよぎった。
リーダーは、笑みを浮かべて、「心配しないでいいよ。ただ、きみの話を聞きたいだけなんだ」と言った。
そのあと、リーダーと長老室に向った。
長老は仲裁人の中から何人か選ばれることになっていた。年の順だけでなく、経験も性格も、指導者にふさわしい者が選ばれるということだった。今は、シャチ二人、サメ二人、そして、イルカ一人の五人だった。
ボスを補佐するような形だったが、実質は長老たちが話しあいで、「海の中を海」を守り、次の世代に引きつぐのが仕事だった。
何万年前に「海の中の海」が見つけられたときから、ほとんど何もしなくてもうまくいっていた。
しかし、今「外の海」に何かが起きようとしているときに、このままでいいのかという思いが長老たちにあった。
ただ、「外の海に」に何かあるからこそ、ここは、永遠にこのままでいることが大事だと思う者が多かった。
ただ、「外の海」」に対して、自分たちのできることを精一杯して、あとは静かに混乱が過ぎさるのを待っていればいいのだ。
それが、「海の中の海」の意思であり、存在理由のはずだ。
実際、何万、何千の長老は、そうしてきたからこそ、今まで何事もなかったのだ。
長老たちは、そう考えていた。しかし、なぜオリオンを長老室に招いたのだ。
ボスがシーラじいさんとともに連れてきたとはいえ、一介の訓練生を。
五人の長老の誰かが言いだしたのではなく、顔を見合わせたとき、お互いの目にちらっとよぎったものを形にしたといえるかもしれない。だからといって、これを取りあげようとしているわけでないという思いも全員にあった。
長老室に入ると、五人が扇の形で待っていた。オリオンは心臓が飛びだしそうになるのを感じた。
リーダーが、「オリオンをつれてまいりました」と挨拶をした。
「ごくろうだった」シャチの一人が答えた。
リーダーは、「それじゃよろしくお願いします」と言うと、そのまま出ていった。
もう一人のシャチが、「任務はどうかな」と聞いた。
「ときおりどこに行こうか迷っている者を見ますが、概して静かです。ほんとに争いが起きているのかと思うときがあります」
オリオンは、思っていることを素直に答えた。
「そうだろうな。しかし、現場近くでは混乱が起きているようだ。見回り人にも負傷者が出ている」
一瞬間があったが、そのシャチの長老は、また聞いた。
「ところで、きみが、以前ボスの前で主張した考えは今も変わっていないかね」
オリオンは、自分が何を言ったのか思いだそうとした。
そうか。苦しんでいる者がいたら、「海の中の海」を開放すべきだと言ったのだ。
しかし、それは、すぐさま広場を埋めつくした者に批判されたはずだ。
「そう思いましたが、正しいかどうかわかりません」
「今も思っているか」
躊躇したが、「はい」と答えた。
また、沈黙が流れた。オリオンは、じっとしていた。
イルカの長老が声を出した。
「クラーケンを見たという見回り人も出てきた。わしらの何倍もある者が4,5頭ずつ固まって動いていているそうだ。
ニンゲンの潜水艦もかなり集ってきている。潜水艦からは何かが発射されている。
クラーケンを攻撃しているのだろうが、すばやく身をかわすから当たらない。もし当たっても、効果があるかどうかはわからない。それくらい大きいのだ」
サメの長老が叫んだ。「まさしく戦場だ。我々の平和が壊されているのだ!」
今度は、もう一人のサメが冷静に言った。
「ボスを襲った者を、クラーケンというのなら、わしらが見ているのは、その部下だと思うが、どれくらいいるのかわからないようだ」
オリオンは黙っていた。何を言うべきか言葉が見つからないのだ。
「しかし、諦めるわけにはいかないということだ」と最初の長老がきっぱり言った。
そして、「今日はありがとう。早く一人前の見回り人になってくれたまえ」と笑顔で言った。
翌日からも任務を続けた。オリオンの担当区域は、あいかわらず平穏で、通りすぎる者は少なかった。
しかし、何か感じると急いで向った。そして、それが何かの集団で、現場に向っていることがわかれば、細心の注意で声をかけた。「そっちへ行くと危険です」。
「それじゃ、ゆっくりできる場所はどちらにありますか」
「保証はできませんが、反対へ向かってください。少なくとも今までのような恐ろしい目には合わないはずです」
オリオンは、逃げまどう魚の一族にいる子供たちのおびえた目を感じながら、そう言うのが精一杯だった。
「ありがとう。そうします」
「お気をつけて」
「あなたも」
一群を見送りながら、誰にも邪魔されない場所が見つかるように願うばかりだった。
また、誰にも出あわない日は、あの上官の友だちの娘たちにいまごろどうしているのだろうかと思った。
そして、ある日、訓練所に戻ると、大きな出来事が起きていた。