シーラじいさん見聞録

   

訓練生があちこちに集って、大きな声でしゃべっていた。
オリオンは、近くにいた者に、「何かあったのか?」と声をかけた。
一人が振りかえって、「幹部が、やつらをおいつめて、驚くべき情報を聞きだしたようだ」と興奮した声で答えた。
「クラーケンか?」
「いや、クラーケンではないらしいが、きみが戦ったことがあるやつらのようだ」
「あの城塞にいた・・・」
「今は、クラーケンの部下になっているらしい」
「幹部は、城塞に行ったのか?」
「いや、おれたちの上官とともに、見回りから帰っている途中、激しい争いに出くわした。事情を聞くと、平和な国を襲っていることがわかった。それで、出て行くように説得したが、激しく抵抗をするので仕方なしに撃退した。
本来は、両者から仲裁の申したてがないかぎり、何もしないのが『海の中の海』の決まりだが、幹部は、介入を決断したんだ」
そのとき、他の者も口を挟んだ。
「敵は、10頭近くいたそうだが、ようやくおいつめて、話を聞きだすことができた。
やつらは、きみが戦ったことがある、あの城塞にいる者らしい。
やはり、あそこは、巨大な者の根城(ねじろ)になっているようだ。
ボスを襲った巨大なイカがクラーケンらしくて、おれたちがクラーケンと言っているのは、その部下だとわかった」
すでに大勢の者が集ってきていて、自分が知っていることをしゃべりたくてしかたがないようだった。
「やつらの話では、ニンゲンが乗っている潜水艦が、あの城塞の回りに集るようになっているということだ」
「なぜだろう?」オリオンは、ようやく聞くことができた。
「ニンゲンが、あそこにクラーケンがいると考えているのか、あるいは単なる目印にしているのかわからないそうだ」
「もし潜水艦が、今以上に城塞に近づくようになれば、クラーケンが潜水艦を攻撃するかもしれないと、クラーケンの部下が、やつらに言ったそうだ。
そうなれば、自分たちもあぶなくなるので、避難できる場所を探しているということだ」
「それじゃ、混乱は拡大するかもしれないな」オリオンは言った。
「クーデターで赤目の王を殺した今の王は、結局クラーケン帝国の言いなりになってしまっている。
しかし、幹部がおいつめた者は、確かに以前は自分たちだけのことしか考えていなかったが、今はみんなのために行動をしている。ニンゲンを殺すことは正しいと信じているようだ」
「さらに、クラーケンの部下は、5つの部隊に分かれているが、その一つの部隊長は、おれたちぐらいの大きさしかないそうだ」
「そいつは、クラーケン帝国の者ではないが、クラーケンに気に入れられて、いつのまにか部隊長になったということだ」
オリオンは、それには触れず、「クラーケンたちはどこから来たんだろう?」と聞いた。
「幹部は、それも聞いたらしい。しかし、今の王が知っているぐらいで、他の者は知らされていない」
「きみが、あの城塞に行ったとき、よそから連れてこられたものが大きな穴を掘っていたと言っていたじゃないか。
そうであれば、クラーケンが来ることが以前からわかっていたのじゃないか」
作戦の勉強では常にトップクラスのイルカの訓練生が言った。
「そうか」、「ニンゲンをやることは前から決まっていたのだ」、「でも、どうして?」
みんなが同時にしゃべりだした。
そのとき、上官が入ってきた。幹部とともに城塞の兵士と戦い、訓練生に、興奮した調子でその戦いを話したあと、長老室に行き、長老、見回り人、改革委員会、そして、シーラじいさんの前で、情報を報告してきたのだ。
まだ興奮した様子だったが、訓練生に、「おまえたち、静かにしろ」と話しはじめた。
「今、新しい情報を報告してきた。
いずれ、どうすべきかが発表されるだろうが、それまでは今までの任務を続けること。
ただし、危険を感じたらすぐにかえるように。
それと、おれからいろいろ聞いたことは誰にも言うな」
上官は、そう言うと訓練所から出ていった。
「さっきの話だけど、クラーケン帝国とニンゲンは、以前より戦っていたのか?」と誰かが話を蒸しかえした。
「それなら、おれたちは、とんだとばっちりを受けることになる」
「しかし、戦うべきときは、戦わなければならない」
「でも、おれたちの何倍も大きいと言われているんだぜ」
「そのために訓練をしているのじゃないか」
「きみは、あいつらと戦った唯一の者だが、どう思う?」誰かがオリオンに聞いた。
「ぼくらは、元々いた者を穴においつめただけなんだ。
クラーケンの部下は20メートル近いサメだと聞いている。そんな巨大な者とどうして戦っていいのかわからない」
そのとき、誰かが、「そろそろ任務につこうじゃないか」と叫んだ。

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