シーラじいさん見聞録
「もちろん、ニンゲンはおまえたちのような戦いはできない」
「どのように?」幹部が聞いた。
「船や飛行機、潜水艦でやってくる」
「潜水艦?」
「ときおりボスのような大きなものを海の中で見ることがあるじゃろ。あれが潜水艦じゃ。中にニンゲンが乗っている」
「あれで攻撃できますか」上官はさらに聞いた。
「できる。わしも見たことないが、あれでぶつかるのではなく、相手を粉砕するものを出すようじゃ。
但し、敵の船や潜水艦を攻撃するためにできているので、おまえたちのように、海の中を自由自在に動きまわれる者には苦手じゃろ」
「そういえば、こちらに光を向ける大きな物体がいたので、くるっと反対に回ると、どこかに行ってしまったことがありました」幹部は納得した。
「いかなニンゲンでも、海の中は歯がゆいことが多かろう」
「ところで、これと争いが増えていることとは関係があるでしょうか」リーダーが聞いた。
シーラじいさんは、しばらく考えていたが、「多分あると思う」と言った。
「それはどのような理由からでしょうか?」
「血の臭いは、どこかに潜んでいる欲望を呼びさますのじゃろ。それが争いを起す」
2人は、顔を見合わせた。
「実地訓練を終えた訓練生に見回りをさせなければならないのですが」幹部は、苦しそうな表情で言った。
「それは、オリオンからも聞いておるが、おまえたちが判断すべきことじゃ」
2人は、深々と頭を下げて帰った。
争いはさらに激しくなっていった。見回り人の話では、仲裁をする国の中に入れない状態だという。
お互いが疑心暗鬼で、見回り人にも問答無用で向ってくるというのだ。
「わたしたちが行くと、さらに争いが大きくなるようですが」
そう報告する見回り人が増えた。
数日後、ボスが来るので全員集るようにいう連絡がまわった。
みんな飛びあがらんばかりに喜んだ。
改革委員会や見回り人は、この状況にどのように対応すべきかわからなくなっていたので、ボスの指示を待っていたのだ。
広場は、「海の中の海」のほとんどが集ったようだ。見回り人も、今後の方針がまだ決まっていなかったので、ほとんどの者がいたからだ。
もちろん、回復したボスをこの目で見たいという気持ちもあった。
しばらく待っていると、少し波が起きるのがわかった。埋めつくされた広場の真ん中にいた者はさっと下がった。すると、直径30メートルぐらいの輪ができた。
波はさらに高くなった。やがて、その輪の中から、黒い山が徐々にあらわれた。全員の体が大きく揺れた。山は動きを止めたか思うと、噴気孔から、勢いよく水が飛びでた。
みんな、その様子から、ボスが前のように元気になったことを確信した。
ボスは、その場で、ゆっくり一回りしてから、いつものように低いが、やさしい声を出した。
「諸君、この度は心配かけたが、このとおり大丈夫だ。ただ、行方不明の子供がまだ見つからないと聞いて申しわけない気持で一杯だ」
集っている者は、ウオーという歓声を上げた。広場は、ドームになっているので、その歓声は、天井や360度に広がる岩場に当たり、複雑な反響となって返ってきた。
ボスは、それが静まるまでしばらく待たなければならなかった。
「ありがとう。そして、今日来たのは他でもない、諸君らが難渋していることを聞いて、早く何とかしなければと思ったからである。
しかし、これは、今まで経験しなかったようなことが起きているからなのであり、みんなで励ましあって道をさがすしかない。
まずシーラじいさんの知恵を借りることが最善の方法である」
ボスは、後ろのほうにいたシーラじいさんを見つけ、頭を下げた。
シーラじいさんも頭を下げた。
「さて、諸君、それぞれが独自に行動を起しても、敵の術中にはまるだけである。
そこで、互いが、自らの考えを忌憚なく述べて、一つにまとまることが大事だ。今から、それをやろうと思う」
参加者は、互いに顔を見あわせてうなずきあった。ようやく動きだせることを実感したようだった。
そのとき、改革委員会のリーダーが前に出て、発言を求めた。
ボスは快く了解した。
「ボス、全快おめでとうございます。そして、われわれの未熟さのために、いつまでも心配をかけていることを心から申しわけ思います。
さて、全員で話しあう機会を与えてくださり、心強く思う次第です。
ここで一つ提案があります。
ニンゲンが落としたものに書いてある内容をシーラじいさんから教えてもらったのですが、議論の前にみんなに話しておいたほうがいいと思うのですがどうでしょうか?」
「ぜひともそうしたまえ」ボスはリーダーを励ました。
リーダーは、飛行機事故の現場で何が起きているかを説明した。そして、持ってきていた新聞を出して、写真についても説明した。
シーラじいさんの考えであり、自分と見回り人の幹部もそのとおりであると思うと前置きして、飛行機事故の現場で起こっていることと、あちこちで争いが繰りひろげられていて、しかも、それが日々大きくなっていることは関連があると言った。
そして、こういう事実や、それに対する分析を頭に入れて話しあおうと提案した。