シーラじいさん見聞録

   

多くの者は、今までのようにボスが決めてくれることを一生懸命すればいいと思っていたようだ。
しかし、ボスは、この混乱を自分たちで話しあって切りぬけろと言うのだ。
そして、今、リーダーから、自分たちを取巻く情報が伝えられた。
見たことのない者が傍若無人に暴れているという。それにしても、ボスがてこずるとはどうしたことだろう。ニンゲンが襲われるのは仕方がないとしても。
広場は静まりかえっていた。リーダーがもう一度前に出た。
「ボスは、我々が見てきたこと、聞いてきたことを全員で共有して、今度どうするべきかを話しあえとおっしゃっている。黙っていては、この状況を変えることはできない。
仲裁人、見回り人にかかわらず、『海の中の海』にいる者全員が、自分の考えを伝えようという気持ちがないと、今まで作りあげてきたものが一気に崩れてしまうのは明らかです。
どうかボスのお考えを理解していただきたい」
それを聞いて、ようやく誰かが前に出た。見回り人だ。
オリオンを指導している幹部の直属の部下だった。
「確かに争いが増えているのを実感する。見回りをしていると血のにおいをあちこちで感じる。
ときおり絶望感にとらわれることがある。今していることに意味があるのかと。
みんなで一致協力すれば、また平和を取りもどせると思うようにしているが。
今、聞けば、クラーケンという者たちが出てきて、暴れまわっているとのことだ。
こいつらは、ボスを苦しめたということだから、相当手ごわい者だろう。
しかし、そうだからといって、何もしないということはあるまい。そうだろう、諸君!」
あちこちから、賛同の波が起こった。
見回り人は、自分の意見が受けいれられたと感じ、「今こそ、クラーケンたちと戦うべきときではないか!」と叫んだ。
賛同の波はさらに高まった。見回り人も、波に揺られながら満足そうに聴衆を見た。それから、自分の場所に戻った。
波がおさまらないうちに、誰かが出てきた。今度は若手の仲裁人のようだ。
仲裁人は、見回り人を経験したもの中から、仲裁人の過半数の賛成を得た者が選ばれる。
この仲裁人は、的確な仲裁で一目を置かれている。
「見回り人の勇気を心強く思う。しかしながら、あちこちで起きている争いが、わがもの顔でふるまうクラーケンたちの影響とあらば、今後規模も数も増大していくもの思われる。
一人クラーケンだけに向うことは、犠牲を増えるばかりではないか。
クラーケンたちが、今後どう動くのかはっきりするまで、しばらく見回りをやめることを提案する」
すぐに、若い見回り人が出てきた。
「それは軟弱な考えだ。どんなときも、『海の中の海』の理念を忘れてはいけない」
反対する意見が次々続いた。
「今のおまえたちの状態を見ろ。実際見回りにいけないじゃないか」
「それは、今の方針が決まっていないからだ」
「そういう英雄主義は何の結果も生まない」
やはり見回り人には、思うような成果が生まれないことに対する苛立ちがたまっていたようだ。
このままでは、その苛立ちは一つになって、ボスでさえ打ち負かすことができなかったクラーケンに向かうこともありえるようだった。
その後も、見回り人とそれに反対する者の議論が続いたが、どこまで行っても平行線のままだった。
ボスは、噴気孔から水を高く飛ばし、聴衆の注意を引いた。
「よし、おまえたちの考えはわかってきた。ここで、別の考えを知りたい。オリオンといったな。おまえはどう思っているか聞かせてくれ」
動くこともできないほど大勢の者が集っているのに、ボスは、オリオンのほうを向いて声をかけた。
オリオンは驚いて、シーラじいさんを見た。
シーラじいさんは、「ボスはおまえの考えを聞きたいとのことだ。堂々としゃべったらいい」と目で言った。
オリオンは、先ほどとは打って変わって静かになった広場の真ん中に、緊張しながら進んだ。
そして、しばらくの間声を出せないほど緊張していたが、ようやく話しはじめた。
「飛行機事故の様子を見るという使命だったのに、ニンゲンを助けたばっかりに、こんなことになってしまって、申し訳なく思っています」
ボスはすぐに言った。「いや、そんなことではない。今議論をしていることについて、おまえはどう思うかと聞いておる」
オリオンは、覚悟を決めた表情で、再び話しだした。
「大昔、戦いに敗れ逃げてきた者も、それを追いかけてきた者も、ここにいれば、いつしか恐怖も憎悪もなくなって、互いに認めあって生きるようになったと聞いています。
シーラじいさんとぼくも、ボスによってここに連れてこられ、ほんとに幸福な毎日を送っています。
そして、今あちこちで大勢の者が、生活を脅かされ苦しんでいると聞いています。
それなら、しばらくの間でも、ここを開放して、そういう者を入れることはできないのかと思います」
それを聞いた聴衆から、「そんなことは絶対できん」、「我々も自滅してしまうぞ」という声が上がった。
黙っている聴衆からも、無言の抗議を感じて、オリオンはどうしていいかわからなくなった。
ボスは、「おまえの考えはよくわかった。みんなも、今起きていることをよく見て、どうするかよく考えるんだ。わしは、おまえたちが決めたことに従う」
ボスは、そう言うと、姿を消した。

 -