シーラじいさん見聞録

   

次の日訓練所に行くと、訓練生の半分近くの10人が先輩についていくことになっていた。後の半分は、まだ訓練が不足していると判断されたようだ。
実地訓練に行く者は全員集められた。そして、オリオンを指導するシャチが話をした。
「まずボスのことを報告する。ボスは元気になって、もうすぐ諸君の前に姿をあらわすだろう」
おっという声が上がった。そして、胸びれを叩いて喜びをあらわした。
「静かに」
「ボスが誰よりも番強いのは諸君も知ってのとおりだ。どんな巨大なイカでも、ボスに睨まれると、すごすごと逃げていく。
しかし、今回、巨大なイカや巨大なサメがボスに向っていったということだ。
だが、今回ボスが苦しんだのはクラゲの攻撃のようだ。たとえ、何百、何千のクラゲに刺されても、毒がボスの体に回るとは信じられないが、その毒で苦しんだ。
ボスからの伝言だが、我々が経験したことのないようなことが起きているのはまちがいない。
おまえたち訓練生は、1人で見回りをするようになっても、今までの常識を疑って行動しろということだ。
それは、おまえたちだけのことではない。『海の中の海』にいる者すべてに言える。以上」
シャチの上官は、冗談を言うときの表情ではなく、終始厳しい顔で訓示をした。
訓練生はうなずいた。そして、訓練生1人に1人の教官がついて、外に出ることになった。
まず、全員で、「海の中の海」を出て決められた道順を進んだ。オリオンも、シャチについていった。
上官は振りかえり、「絶対近道をするな。どんなに急いでいても必ず決められた道を進め」と叫んだ。
オリオンは、「わかりました」と大きな声で答えた。
ようやく外海に出た。そこから、それぞれの上官の担当の場所に向うので分かれることになった。
しばらく行くと、また上官は叫んだ。
「担当の場所に近づくと、あたりの様子にも注意を払え。担当区域で紛争が起きている場合は、近隣でも危険だ」
オリオンは緊張してうなずいた。しかし、あたりは穏やかだ。のんびりとした雰囲気がただよっていた。
「何もないようだ。ただ、食料が不足すると、一気に争いが起きる。よし、次を回るぞ」
上官は、そう言うと、ぐっと速度を速めた。
やがて、岩が切りたった場所に着いた。しかし、ここも静まったままだ。
「この地区は、食料が潤沢にある。それでも紛争が起きることがある。自分たちが困っていなのに、どうしてまだほしいと思うのかわからない。
これも、シーラじいさんに聞いておいてほしいことだ」
上官はそこを離れた。オリオンも遅れないとしてついていった。
やがて、上官は止まった。「ここが昨日言った場所だ。だれもなぜ争っているかのかわからなくなっているのに、相手を見ると攻撃をする。
おれの経験では、理由がばかばかしいほど、争いは激しくなるようなところがある。
今から中に入るが、おれから離れるなよ。敵かと思って近づいてくる」
オリオンは、うなずいてから、前を見た。
ここも、今は静まりかえったままだ。遠くから2、3の影が近づいてきた。
オリオンは身構えた。しかし、影は、上官だとわかると、急に速度を緩めた。
その中のサメの若い男が、上官に声をかけてきた。
「やあ、こんにちは。何かあったのですか」
「いや、何もないよ。おまえたちが、おれの言うことを聞いて、おとなしくしてくれているから、おれも仕事がない」
「そのうち忙しくなりますよ」
「やめてくれよ。もうそろそろばかなことはやめて、大人になったらどうだ?」
「おれも、ときどきそう思いますよ。でも、親のまた親、そのまた親が、あいつらを絶対許すなと遺言したので仕方がないのですよ。おれの代で、こんなことはやめたいという気持ちはありますが」
「ぜひそうしてくれ。おまえたちの子供が不幸になるからな。何か困ったことがあれば、おれに相談してくれ」
「わかりました」
「それじゃ」
「それじゃ」
男たちは去っていった。
「1人のときは自分らでも、こんなことはやめるべきだとわかっているんだ。でも、みんなが集ると、相手の悪口を言ったり、どう攻めるかになってしまうのだ」
「いずれおまえにここを任すことになるから、しっかり訓練と勉強をしといてくれ」
「わかりました」
すると、上官の表情が変わった。また冗談を言うときのように、目の上の白いアイパッチが、ぐっと動いたのだ。
「よし、これで実地訓練は終った。ちょっと時間があるから、ついてきてくれ。
おまえに会いたいという者がいる」
「はい」
「よし行こう」
上官は体をぐっとのばして、勢いよく泳ぎだした。そして、どんどん上に向った。
やがて海面につき、すぐスパイホッピングをはじめた。
そして、「いたぞ。行こう」とオリオンに叫んだ。

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