シーラじいさん見聞録
「あれはなんだ」という声が上がった。
みんな空を見上げようとしたとたん、あたりは昼のように明るくなった。ほとんどの者は、あわてて海に潜った。
しかし、逃げおくれた者は、すぐに暗くなり、真っ赤なものが遠くのほうに落ちていくのを見た。
残った者は、言葉を失ったまま、しばらくそちらを見ていたが、誰かが、「ホシが落ちたのですか」と聞いた。
「流れ星じゃな。しかし、ホシそのものではなく、小さなかけらじゃ。
たいてい空で燃えつきてしまうのだが、大きいと、隕石としてチキュウにぶつかるといわれている。わしも、あんなに大きいものははじめてじゃ」
シーラじいさんが、そう答えると、戻ってきた者が、「ホシが光って落ちるのを見ると、何か悪いことが起きるから、すぐに海に潜るようにと教えられましたが」と弁解がましく言った。
「そう信じられているようだな。大昔、大きい隕石が落ちて、多くの生き物が死んだということじゃ」
「ぶつかったのですか」
「いや、落ちたときに煙や埃が舞いあがり、長い間タイヨウを隠してしまったので、食料などが育たなかったからと聞いている」
「確かに浅い海では、光がきらきら輝いて、みんな楽しそうだものなあ」
「ニンゲンの中には、流れボシが消える前に、何か願いをすると、それがかなうと言っている者もいる」
「願い?」
「何かほしいとか、どこかに行きたいとか思うことじゃ」
「ぼくは、国に好きな娘がいるので、いつかいっしょになりたいと思っているのですが」誰かが言った。
「それも願いだ」
「ただし、相手がそう思っているかが問題だが」誰かが口を挟んだ。
「おいおい、嫌なことを言うなよ」笑いが起こった。
「それではシーラじいさんの講義を終るとする。後は、みんなでしっかり勉強をして、争いをなくすようにしてほしい」
改革委員会の委員長が講義を締めくくった。
名前部の担当は大きくうなづいた。そして、委員長を先頭に「海の中の海」に戻った。
シーラじいさんが帰ると、リハビリを終えたオリオンが待っていた。
「オリオン、すまなかった。どうしても行かなくちゃならないところがあったのでな」
「外に出たのでしょう」オリオンは、笑顔で答えた。
「知っていたのか」
「先生が、いよいよ改革がはじまったと言っていましたから」
「おまえも行きたかったか」
「シーラじいさんの仕事が終ったからでいいですよ」
「さっき大きな流れボシを見たぞ。夜が吹きとんだように明るくなった。おまえの願いをちゃんと言っといたからな」
「じゃあ、すぐにかなうかもしれませんね」
「リハビリはどうじゃな」
「今できることはすべてやったと先生も言ってくれました」
「そろそろ行こうか」
「でも、シーラじいさんの仕事が・・・」
「みんな覚えが早い。わしが知っていることはすぐに伝わる。その中から役に立つことだけを生かしてくれればいい」
「それじゃ、出る日が決まったら、友だちに言います」
「友だち?」
「ぼくに始めて声をかけてくれた、お腹や目のところが白い」
「シャチだな。あっ、思いだした。名前をつける約束をした子供か」
「そうです。楽しみに待っています」
「それは悪いことをした。とびっきりいい名前をつけてやる。いつ来れるか聞いておいてくれないか」
名前部は忙しくなった。毎日、2、3頭ずつ星座を見にいった。
ニンゲンがつけた名前を基本にするが、自分たちになじみのある形を見つけては、それに名前をつける作業を続けた。
シーラじいさんには迷惑をかけないようにしようとしているのか訪れることは少なくなったが、シーラじいさんのほうが顔を出すと、星雲やタイヨウについて質問をしてきた。
知っているかぎりのことは話したが、かなり知識が増えているのがわかった。
それがひととおりすむと、名前を使って、分類や分析の方法を話せば、自分の約束は果たせるだろうと考えた。
4,5日後、オリオンがあわてて帰ってきて、「シーラじいさん、友だちが久しぶりに来たので、名前のことを言うと、明日ぼくのリハビリがすむころに来るということです」
翌日の夕方、シーラじいさんは、リハビリ地区に行った。10頭近くのサメ、イルカ、シャチなどがいたが、そろそろ終るようで、のんびり動いていた。
オリオンは、シーラじいさんを見つけると近づいてきて言った。
「もうすぐ先生も生徒も帰ると思います」
やがて誰もいなくなったので、シーラじいさんとオリオンは、岩山で区切られている端の方で待っていた。
遠くで水がはねた音がしたようだったが、すぐに静かになった。そして、近くで海が盛りあがった。そして、何かがあらわれた。