シーラじいさん見聞録

   

あたりの色が、だんだん薄くなっていった。
さらに上に進むと、広大なサンゴ礁があらわれ、光を浴びて、赤や黄色、青に輝いていた。そのまわりには、同じように色鮮やかな魚が、忙しそうに動きまわっていた。
ここでは、命が、色と形そのもののようだった。
「オリオンも、今、自分の命を、自分の家族を見つけるという形であらわそうとしているのだ」シーラじいさんは、オリオンの気持ちをそう理解しながら、そこを通りすぎた。
ようやく海面に着くと、先に着いていたオリオンが、シーラじいさんに気がついて、急いで近づいてきた。
「オリオン、どっちへ行くんだ?」
「あっちです。おじさんが、子供を探している家族があっちに行ったらしいという話を聞いてきてくれたのです」
オリオンは、ジャンプして、自分が行きたい方向を示した。
「わかった。海は広いが、大勢の者が生きている。みんなに聞いていけば、きっと見つかるぞ」シーラじいさんは、オリオンを励ました。
「シーラじいさん、どんどん行けば、またここへもどってくると言っていましたね」
「そういうことらしいな」
「なぜ、そうなるのですか?」
「おまえには、ずっと向こうが見えるだろう。しかし、そこは、海の終わりではなく、そこに行けば、また同じように、向こうに端が見える。そうやってどんどん行けば、また、ここにもどるというわけじゃ」
「そうですか。でも、途中はどうなっているのでしょうか?」
「わしもあまり知らないが、こんな気持ちがいいところだけでなく、氷が張っているところがあるということだ」
「氷?」
「この水が、寒さで固まってしまうことだ。そうなると、わしらは泳ぐことができなくなる」
「それじゃ、みんなどうして生きているのですか?」
「氷の厚さは、何メートルもあるらしいが、その下には水があるので、そこで生きているということだ」
オリオンは、想像出来ないという顔で、「一度氷を見たいですね」と言った。
「しかし、そこまで行くのはたいへんだ。命がもたない。少なくともわしにはな」
「そんなことをしたものはいないのですか?」
「いや、クジラは、苦もなくできるということを聞いたことがある。毎年、何万キロという旅をしているらしいな」
「クジラ?」
「わしは見たことがないが、それはそれは大きな生き物らしい。ニンゲンが作った船より大きいかもしれないな」
「ほんとですか!」
「そうそう、クジラは、おまえの仲間だと聞いたことがある」
「えっ。ぼくは、ニンゲンの仲間ではなかったのですか?」
「この海には、おまえの仲間がいっぱいいる」
「全然知らなかった」
「そうそう、ペルセウスの仲間には、クジラほどではないが、遠くまでいく者がいるらしい」
「ペルセウスも。だから、ぼくらについてきたがったんだ」
「ペルセウスは、ちょっとちがう種類だろうが」
「なぜ、種類がちがうのですか?」
「それは知らない」
「でもシーラじいさんは、よく知っていますね」
「わしらは、おまえたちのように泳げはしなかったが、波の音を子守唄にして大きくなった時代があったらしい。その後、海の奥に向うことを選んだ。
そこは真っ暗で、何も見えなかった。わしらの祖先は、暗闇にじっとしながら、わしらは、どこにいるのか、そもそも、わしらは何者で、なぜ生きているのかということを考えはじめた。
つまり、目を使うことができないので、他のもので見ようとしたのだ」
「他のもの?」
「頭だ。わしらは、暗闇の中でじっとしているが、頭を使って、あたりの様子を調べた。もっと知りたいと考えているとき、つい最近生まれたニンゲンが、誰よりも、この世界を知ろうとして、そして、知っていることがわかった」
「だから、シーラじいさんは、どこにも行かないのに、いっぱい知っているのですね」
「いや、ほんの少しだ。しかも、ニンゲンの受け売りだ」
「ぼくも、世界を回りたい」
オリオンは、自分が向おうとしている方を見た。
「それじゃ、おまえの家族を見つけにいくぞ」
シーラじいさんは、大きな声を出した。
「ちょっと待ってください。向こうに、海が大きく盛りあがっているところがあります。
何か見てきます」
そこは、今進もうとしている方向の反対側だった。どこも穏やかな海が広がっているのに、そこだけが、大きな波が起きていた。まるで海底火山が爆発をくりかえしているかのようだ。
「早く行こう」
「すぐにもどってきますから」
オリオンは、オリオンは、あっという間に消えた。
すぐにもどってくると思ったが、オリオンは、なかなか帰ってこなかった。
シーラじいさんは、心配になってきたので、急いでそっちへ向かうことにした。

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