シーラじいさん見聞録

   

シーラじいさんは、岩場を出て、ゆっくり音の方へ向った。
オリオンも、すぐにシーラじいさんがわかった。
「おお、オリオン、どうだった?」
「おじさんが、みんなに聞いてくれているんだ」
「そうか。出会えればいいな」
「子供を探している家族がいたという情報もあるようなんだ」
「すごいじゃないか」
「ぼく、ニンゲンを近くで見たよ。自分たちが発明した船に乗って、ぼくらの近くまで来るんだ。
友だちと、船に並んだり、船の前を泳いだりすると、連中は、歓声を上げて喜ぶんですよ」
「そうか、よかった」
「でも、ニンゲンは、ぼくらと親戚と聞いていたけど、泳ぐのには苦手のようですね」
「そうだろう。ずっと陸に住んでいるからな」
「でも、やさしそうでした」
「あまり近づきすぎないようにしろよ。わしも、ニンゲンの性格はよくわからないからな」
「気をつけます。それじゃ、おじさんが、何か聞いているかもしれないので、また行ってきます」
「そうしなさい、そうしなさい」
オリオンは、目を輝かせて話をしたな。これで大丈夫だろう。
シーラじいさんは安心すると、また眠ってしまった。
シーラじいさんは、死んだように眠った。ときどき目が覚めることがあったが、それは、空腹のためというより、体のどこにも力が残っていないため、体がふわっと浮き、岩の角にぶつかるからだった。
そんなときは、あたりをゆっくり見回し、「おや、わしは、まだ生きているのか」とつぶやいた。
また、海底に腹を置き、「こうして、誰かに見守られることなく死んでしまっても、それは、わしに与えられた運命なのだ」と思った。
シーラじいさんは、自分の運命に身を任せることが、人生を締めくくる最善のことだと決め、じっと目をつぶっていた。
そのとき、キィー、キィーという声が聞こえた。
シーラじいさんは、「あれはオリオンだな。さすがのオリオンも、わしを探せまい。身は、ばらばらにされて、みんなの腹の中に納まっても、魂は、どこか遠くへ向っているのだから。
さらば、オリオン。おまえの家族に挨拶できなかったのは心残りだが、わしとしては、おまえやペリセウスと知りあったのは幸せだった。
深い海の底で、ひっそりと生きていたわしと、広い海原を自由に泳ぎまわっているおまえと出会うことは奇跡としか言いようがない。
元気で暮らせよ。ときには、わしのことを思いだしてくれ。それが、何よりもわしへの供養だ。ところで、家族は見つかったのか?」
「いや、まだなんです」という声が聞こえた。
「オリオンか。どうしたんだ。わしがいるところがよくわかったな?」
「シーラじいさん、この前も来たじゃないか」
「わしは、死んでしまって、誰も知らないところにいるんだ」
「シーラじいさんは死んでいないよ。前と同じじゃないか」
「わしは死んでいないのか。それなら、おまえに連れもどされたかもしれないな」
「気をしっかり持ってください」
「ところで、まだ家族が見つかっていないのか?」
「そうなんです。でも、ここを離れたいのです」
「どうしたんだ?」
オリオンは、突然柔和な顔を曇らせた。
「ぼくは、あの子の家族といっしょにいたのですが、あの子は、友だちにも、ぼくのことを照会してくれて、友だちは、『かわいそうに、みんなで探してやる』といってくれたんです。
毎日ともだちと遊びました。ニンゲンが来ていることがわかると、みんなで見にいきました。
あるとき、大勢固まっているので、何があるのか見にいきました。
すると、みんなで、一人の友だちを囲んでいました。ぼくは、何が起きているのかわからなかったのですが、みんなで、その友だちにぶつかったり、押さえつけたりしていました。
その友だちは、大きな声で泣いていました。ぼくは、これは遊びじゃないと思い、やめろと向っていきました。
どうやら、いじめの中心になっているのは、年上の友だちでしたが、日頃ぼくにやさしくしてくれていたのに、そのときは恐ろしい顔をして、おまえの出る幕じゃない、引っ込んでいろと怒鳴るのです。
あの子も、向こうで遊ぼうとぼくを引っぱっていくのです。
それで、ぼくは、仕方なくそこを離れたのですが、その子に、あの友だちは、どうしていじめられているんだと聞きました。
すると、仲間はずれをされても仕方がないことをしたんだというのです。ぼくは、さらに聞きました」
「どんなことをしたんだ?」シーラじいさんは思わず聞いた。
「その子は言いたがらなかったんですが、結婚が決まっている女の子にしつこくつきまとったらしいのです。
しばらくして、そこを通ると、いじめられた子が一人でいましたが、ふらふらして漂っているようでした。
ぼくは駆けよろうとしました、あの子は、『いけない、もうすぐ死んでしまうから』とぼくをとめるのです。見ている間に、その友だちの白い体が、少しずつ沈んでいきました。
ぼくは、泣きながら帰りましたが、あの子は、『いつもは死んでしまうようなことはしないけれど、今日は、何かまちがったみたいなんだ』と言い訳のようなことを言うんです」
「それは辛かっただろう」
「シーラじいさんは、どう思いますか?」
「おまえたちは、お互い助けあい、誰か困っていると、すぐに駆けつけると聞いたことがあるが」
「ぼくの仲間が、こんなことをするのは絶対許されない」
「何か社会を守るための行動なのじゃないか」
「社会?」
「みんなが、みんなを守る仕組みじゃ」
「でも、あんなに悲しそうな顔で、ぼくを見た友だちのことを考えたら、社会なんかいらない」
「おまえらしいな。じゃあ、どうするんだ?」
「ぼくは、ぼくの仲間のニンゲンについて知りたいし、別の仲間も知りたいのです。
ニンゲンは、やさしいし、いろいろぼくに教えてくれると思うのです」
「うーん、ニンゲンは、確かにどの生物より優れた知能を持っていることは認めるが、海に住んでいないので、わしらと知りあいになれるかどうかはわからんぞ」
「でも、ぼくは、この目で見たんですよ。みんないつもにこにこ笑っているし、ぼくらのことを心配してるのがわかるんです」
「しかし、お互い殺し合いをしたりしていることも聞いたことがあるが」
「でも、あんなにやさしい者を見たことがない。きっとすばらしい友だちになれると思います。
ああ、そうか、シーラじいさんは、早く国に帰りたいのでしたね」
オリオンは、そう言ったかと思うと、じっとシーラじいさんを見た。
しばらくして、「おまえというやつは」シーラじいさんは、根負けしたように言った。
「でも、足手まといになっても知らんぞ」
「早く行きましょう」
シーラじいさんは、体を持ちあげた。

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