シーラじいさん見聞録
何という美しくて平和な光景だろう!
さんご礁がどこまでも広がっていて、色鮮やかな大小の魚が泳ぎまわっている。
わたしは、深海図鑑を探した。しかし、ここは深海ではないので出ていない。
誰かが、「あれは、アカモンガラだ」とか「カスミアジが来た」という声が聞こえた。
サンゴ礁の上を悠々と泳いでいるのが沿うらしい。かなり大きそうだ。
どこまでも広がっているサンゴ礁のまわりには、チョウチョウウオやハギ、ベラなどの仲間が集まっている。
みんな、忙しそうにサンゴ礁の中に入ったり、出たりしている。それぞれが忙しそうに動きまわっているが、別に争う様子もない。
人間が近づいてきても、どんな魚は気にもしていないようだ。人間も、自分の仲間に、何かの魚がいることを教えたりしているだけだ。
ここは楽園なのか。やがて、人間が去っても、前と変わりなく、静かで、にぎやかなとでもいうべき世界が広がっていた。
シーラじいさんとわたしたちも、言葉を出すことも忘れ、その美しさに見とれていた。
しかし、シーラじいさんは、ここは水圧が低すぎて、少し調子が悪くなってきたので、先を急ごうと思った。
また人間が来るかもしれないので、その楽園から離れて進んでいった。
海底は、だんだん浅くなっていったようで、水の中は、さらに明るくなった。
青い水の中を、無数のまぶしいものが、動きまわっているように見えた。「あれはなんだろう。魚にしては、めまぐるしく動く」とシーラじいさんは見ていたが、「あれは、光だ」と気がついた。
「まるで生き物のようだ。ここでは、光でも仲間なのだ」
シーラじいさんは、あらためて自分を考えた。
わしらは、ずっと深海にいて、さらに目立たないように、岩に似せて作られているのだ。さらに念がいったことに、貝がくっついている岩のようになっているらしい。
しかし、ここでは、逆に目立つようだ。
暗くなるまで待ったほうがよさそうだ。
シーラじいさんは、岩陰で休むことにした。初めて見た光景に興奮して、なかなか眠れなかったが、やはり疲れていたようで、いつのまにか眠りに落ちた。
目覚めたとき、あたりは暗くなっていた。目を凝らしてみたが、動きはなかった。
注意を払いながら、上に行った。何か光っているようだった。あれは、クラゲや魚の発行器だろう。
夜になると、深海から、食べものを探して、「海の終わり」近くに来る者がいると聞いていたが、それにしても、こんなに大勢来ているのかと思った。
光は、ますます明るくなって、目が痛くなりそうだった。
そして、これ以上進めないことがわかった。水がないのだ。とうとう「海の終わり」に来たことがわかった。
しかし、無数の光は、頭の上高くで、ぎらぎらと光輝いていた。
「もう海はなくなっているのに、どうしたことだろう」シーラじいさんは、妙な感覚に陥った。「あそこにも、海があるのか」
そのとき、一つの光が、すっーと流れた。「あの輝くものは星だ!」シーラじいさんは叫んだ。
「話を聞いたことはあったが、こんなに美しいものは」そして、満点の空を見つづけた。
「そうそう。わしらがいるところは回っていて、季節とやらで、星が出る場所がちがうらしい。だから、人間は、星を見て方角がわかるらしい。そうしたら、さっき走ったのは流れ星か」
「思いだした。人間は、星と星を結びつけて、自分たちや動物に似ているとか言っている」
「しかし、こんなに多いのに、よくそんなことができたものだ」
「でも、あれは、オリオン座とちがうか」
確かに、四つの星の枠の中に三つの星が並んでいた。
シーラじいさんは、無理な姿勢で星空を見ていた上に、波がきつくなってきたので、体がしびれてきた。もはや力は残っていなかった。
大きな島は、朝になれば見えるだろうと思い、さっきの岩の陰にもどった。
少し明るんだ頃、シーラじいさんは、また上に上がった。星は、やや光が衰えていたが、まだ夜空を照らしていた。
「海の終わり」に顔を出して、あたりを見回した。遠くに島影が見えた。ようやく帰れるのだ。このまま進んで、島の後ろに行ってから、海を下がっていけばいいのだ。
「ようやく帰れる。しかし、今まで見たことをしゃべっていいものなのか」と考えているとき、背後に何か感じた。振り帰ると、真っ赤なものが、遠くの海から上るところだった。それは、瞬く間に空や海を赤く染めていった。
「わかった。太陽が昇るのだ。一日は、こんなふうに始まるのだ」
シーラじいさんは、灰暗色の大きな体を赤く染めながら、朝焼けの様子をいつまでも見あげていた。
しかし、太陽の光は、だんだんきつくなり、もう目を開けていられないほどまぶしくなった。
ここにいては危険なので、海にもぐり、誰にも気づかれないようにして、前に進んだ。
そして、これ以上は危険だと判断して、島を回って、反対側に行くことにした。
しばらく進むと、浅瀬が切れたので、ほっとした。あまりに水がきれいなので、遠くからでも見つかるおそれがあったからだ。
もう体は限界近くまで来ていた。休みながらも、もう少し、もう少しと、自分に言い聞かせて進んだ。
そして、どうやら反対側までたどりついたようだった。
シーラじいさんは、もうここに来ることはないだろうと思って、あたりを見まわした。
遠くに島影が見えた。