シーラじいさん見聞録

   

「あそこにも島がある」
シーラじいさんは、呆然と立ちすんだ。
崖がそそりたち、その上には、鬱蒼とした森が広がっているのが見えた。
「他にも島があったのか。大きな島と聞いていたが、『大きい』という言葉は、『きれいな』とはちがって、他の島と比べて使う言葉なのか」
「あっちのほうが大きいとしても、あそこから流されてきたとはとても信じられない。何十キロとありそうだからな」
シーラじいさんは考えに窮した。
もし、この島の下に国がなければ、もう生きて国に帰れないと思った。
波は穏やかで、空は晴れわたっていた。ときおり気持ちの風が、サッと吹くだけだった。鳥が甲高い声で鳴きながら飛んでいった。
小さな魚が、シーラじいさんを、不思議そうに見ていたが、すぐに去っていった。
遠くに見える島のほうから、波が盛りあがって近づいてくるのが見えた。逃げこともせず、そのまま何の上に浮かんでいた。
波は、どんどん近づいてきて、シーラじいさんを激しく動かした。
波の真ん中は、真っ黒だった。どうやら大きな魚の群れのようだった。
群れは、シーラじいさんのそばを通りすぎていった。
もう終わったかと思っていると、最後のほうにいた魚が、立ち止まって、声をかけてきた。
「どうかされましたか」
マグロのようだった。シーラじいさんより大きな体をしているようだった。丸い大きな目が、シーラじいさんをじっと見ていた。黒々した背中が、日の光を浴びて、金色に輝いていた。
「いやあ、迷ってしまいましてな。大きな島の下に、わしの国があるのだけど、てっきりここだと思っていると、向こうにも島があるようで、さて、どっちかなと考えているところで」
「大きな島?」
「そう聞いている」
「ここらには、四つの島がありますが、わたしらが向っているところには、とてつもなく大きな島もありますが」
「とてつもなく大きな島!」
「そうです。ここにある島の何百倍も大きいです」
「何百倍!そこは遠いのか」
「わたしらで一日ぐらいです」
「忙しいときに、よく教えてくださった」
そのマグロは、あっという間に消えた。群れに追いつくために急いだのであろう。
シーラじいさんは、マグロが向ったほうを見ていた。
あんなにふうに泳げたら、まちがっていても、すぐにもどれるのだが。それにしても、「とてつもなく大きな島」か。
わしらの祖先が、どこからかここへ来たとき、後に続く者たちのために、大きな島を目印にしたはずだ。それが、「とてつもなく大きな島」かもしれない。一か八か。そこをめざそう。
シーラじいさんは、すぐに戻ることにした。こんな穏やかな日は、疲れることが少ないだろうと考えたからだ。
「海の終わり」から5,6メートル下を、島の崖に沿って進んだ。そして、浅瀬を避けるため、島から離れることにした。
しかし、方角を間違わないようにするため、ときおり「海の終わり」まで出てきた。1時間ほど進むと、左に島が見えてきた。あれが、「とてつもなく大きな島」かと思ったが、マグロの話を考えても、どうもちがうようだ。しかも、4つの島の向こうと言っていたはずだ。
その島を左手に見ながら進んだ。もうくたくたになっていたが、暗くなる前に行けるところまで行きたかった。
今度は、前方に、何かが見えてきた。あれも島だが小さい。よし、これで4つの島を見たことになる。
この島を越せば、「とてつもなく大きな島」が見えてくるはずだ。
気がつくと、あたりは薄暗くなり始めていた。体力も限界になりつつあったので、前にある小さな島で泊まることにした。
うまい具合に大きな岩が林立している場所が見つかった。すぐに休むことにした。
翌朝、目覚めると、外の様子を見るために、すぐに上に行った。夕べは、ぐっすり眠ったらしい。もう太陽は高く上がり、波がきらきら輝いていた。
しかし、まだ疲れが残っていて、すぐに出発できそうになかった。それで、もうしばらく休むことにした。
次に目覚めて、上に行くと、太陽は、かなり上まで登っていた。
もうそろそろと思っていると、「こんなとこで出会うとは!」という野太い声が聞こえた。
シーラじいさんが振りかえると、大きな目をぱちくりしながら、こっちを見ているのは、大きなカメであった。
カメは、今まで何回も見たことはあったが、話をするのははじめてであった。
「いや、国に帰るところで」シーラじいさんは、どぎまぎして答えた。
「お前さんたちのことは聞いたことがある。わしらよりずっと前からいるのに、変わることなく生きておられる。それは誰にでもできることではない」
「ただ、臆病なだけじゃて」
「いや、お前さんたちがいるというだけで、わしらは心が安らぐ。ところで、どうしてこんな遠くまで?」
「ちょっと迷ってしまって」
「でも、お前さんたちは、大陸の近くにある島の下に国があるのだろう?」

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