シーラじいさん見聞録

   

「大陸?」
「そう、どこまで行っても土地があるのを大陸といっておる」
「それは、『とてつもなく大きな島』というのではありませぬか」
「いや、大陸は、どんな大きな島より何百倍と大きい」
「わしらは、大きな島の下に住んでいると、ずっと教えられてきた。そして、この近くに、『とてつもなく大きな島』があると聞いてやってきたのだが」
「もう少し行けば、確かに大きな島がある。大陸ではないが、『とてつもなく大きな島』といえばそうだ。
しかし、わしらは、そこに住んでいるが、お前さんたちのことは聞いたことがない」
大きなウミガメは、気の毒そうに言った。
「それじゃ、わしは、またまちがったようだ」
「また元にもどりなされ。この島から数えて、四つ目が、その大きな島だ。その向こうは大陸があるが、そっち側に、お前さんの国があるはずだ」
「ご親切にしていただいて感謝しております。このとおり年も取って、体も不自由なものだから、なかなか思うように動けなくて」
「いやいや、わしより若そうなので、大丈夫ですよ」
「あなたは、かくしゃくとしていてうらやましいかぎりです」
「わしらは、浅瀬で生きなければならない。だから、油断ならない敵に会えば、急いで逃げられるようになっているだけの話だ。
お前さんたちは、深い海でのんびり暮らすようになっているように。
それでは、気をつけて」
大きなウミガメは、そういうと、くるりと身をひるがえし、「とてつもなく大きな島」のほうへ泳ぎだした。
そして、その姿は、あっという間に小さくなっていった。
シーラじいさんは、呆然としたままだった。
しかし、体が動きそうにない。この年になって、見知らぬ場所で行きだおれになるとはな。
しかし、これが、わしの運命じゃ、誰も恨むことはない。「とてつもなく大きな島」を教えてくれた、大きくて黒々とした目をしたマグロだって、わしがいいかげんなことを言ったのに、仲間から遅れることにかまわず、ていねいに応対してくれた。
とにかく、もうあわてることはない。なるようにしかならないのだから。
シーラじいさんは、もう一度、海にもぐり、先ほどの岩場で休むことにした。
よほど疲れていたのだろう、そこで、二日ほどいた。目が覚めても、じっと動かなかった。
私たちは、シーラじいさんに、「とてつもなく大きな島」がマダガスカルであること、四つの島はコロモ諸島であることを言わないようにしていた。
シーラじいさんのことを知ったいきさつについては、また話すこともあるだろうが、最初から、シーラじいさんを、「見るべき者」と考えていたからである。
シーラじいさんは、少しずつ体力がもどってくるのを感じると、今の状況を、ちがう角度から考えられるようになってきた。
あの時、再び休まずに、「とてつもなく大きな島」に向かっていたら、ウミガメの老人に会うことはなかったはずだ。そうすれば、わしは、もう二度と国には帰れなくなっていたはずだ。
運命は、一筋縄ではないような気がしてきた。それでは、わしの運命を最後の最後まで見届けることが、わしのやるべきことかもしれないと思った。
といっても、ウミガメの老人のお陰で、今度こそ帰れそうだ。もと来た道をまちがわないようにするだけだ。
シーラじいさんは、海面下20メートルぐらいの深さを泳ぎだした。ほんとは、もっと深いほうがいいのだが、方向を確認するために、ときおり「海の終わり」に上がらなければならないので、深くもぐると、体力が消耗するからだ。
昼間泳ぎ、夜は満点の空を楽しんだあと、深くまで下りて岩場の影で休んだ。
数日してから、「海の終わり」に出てくるたびに、体が大きく揺れるのを感じた。
体力が弱ってきているようだったので、無理をしないようにした。
「海の終わり」では、さらに体が揺れたが、それは、波が高くなっているのに気がついた。
三つ目の島が見えてきたときには、雲が飛ぶように動いているのが見えた。
のんびり飛びまわっていた鳥も、吹きとばされるかのように空のどこかに消えていく。
そして、ゴーゴーという音が、不安を掻きたてるのだ。
何が起きているのかわからなかったが、とにかく、休まずに島の向こう側に行くことにした。
ここまで来ると、もぐったまま島に沿って進めばいいのだ。そして、ようやく元の場所にもどることができて、シーラじいさんはほっとした。
上では、何かたいへんなことが起きているようだから、ここでしばらく休むことにした。
半日ほどぐっすり眠った。何か胸騒ぎがして、上に行くことにした。
「海の終わり」に近づくにつれ、暗闇の中で体が激しく揺れだした。
波と波がぶつかるドーン、ドーンという音や、ゴーゴーという風の音が聞こえる。
横なぐりの雨も激しく降っている。
シーラじいさんは、急いで体勢を立てなおし、海の底にもどろうとあがいた。
しかし、底から突きあげられたようになって、体が空中に跳ねあげられた。
背中から、波に落ち、また跳ねあげられるのだ。
シーラじいさんは、そのまま気を失った。

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