シーラじいさん見聞録
若い者にそそのかされたオリオンは、「そうしたいのは山々だが、今何をすべきか考えているところだ」と慌てて答えた。
「岩を潰すことはできないのですか?」別の若い者も怪物の救出にこだわった。
「潰すことはできないだろうが、動かすことはできないか考えているんだ」
「岩は少し動いたのですね」
「少しだけは」
「怪物は死に物狂いで岩にぶつかったはずだ。でも、どうしようもなかったと思う。それに、今はニンゲンを助けることを一番考えなければならないからな」リゲルが若いシャチを制した。
オリオンも、「今リゲルが言ったように、怪物は岩に体当りしたが、岩は潰れるどころか、わずかしか動かなかった。
しかし、ぼくら二人で体当りすると少し動いた。それなら、みんなで体当たりするとどうなるか」
「大きく動くかもしれないのですね」
「そうだ。そしてもう一つ」みんな次の言葉を待った。
「つまり、岩は向こうからは動かないようになっているから、以下に怪力の怪物でも動かせないのかもしれない」
「やりましょう!」若いシャチの意気は一気に高まった。
「ただ怪物が出られるぐらいまで押せるかどうかはわからないぞ」リゲルが心配した。
「少し動いたら、隙間からぼくが中に入るよ」
「でも、怪物が興奮して襲いかかってこないか?」
「まあ、なんとかなるよ。その間しばらく休んでいてくれ。合図をするから、また隙間を作ってくれたらいい」
「でも、オリオンは何をするのですか?」
「怪物がぼくのことを思いだしてくれたら、隙間から出るように言うつもりだ」
「危険じゃないですか?」
「オリオンはいつもそうやって海の仲間やニンゲンを助けてきたんだ」リゲルが言った。
若いシャチはオリオンについて今まで聞いていたことが実感できたようだった。
「ぼくらもかなり潜れるようになりましたから、どんなことでもします!」4頭のシャチは力強く言った。
「もちろんきみたちがやってくれないとうまくいかない」オリオンが応じた。
「ただがむしゃらに体当たりしても大きな力にはならないし、その前に、どこに体当たりするかを見つけなければならないんだ」
「そのとおりだ。明日みんなで穴に入って調査をするから、今日はゆっくり休め」
翌日、リゲルは4頭の若い者の体調を聞き、全員で海底に向かった。海底に着くまでクラーケンのようなものには遭遇しなかった。
漆黒の中に何も動くものはない。胸が詰まりそうになる。オリオンは落ち着いてもう一度まわりを感じた。
そして、「行くぞ」という合図して、穴に向かった。オリオンを先頭に4頭の若いシャチ、そして最後はリゲルが続いた。
若い者の緊張が高まっているのをリゲルは感じていた。もし何かが近づいてきたら、若い者をどう逃がすかを考えながら進んだ。
オリオンが止まった。そして、若い者に「ここだ」と示した。今度はすぐに穴に入っていった。他の者が続いた。
中にも誰もいない。しばらくすると、オリオンは止まると、突然体当たりをはじめた。リゲルと若い者もそこに体当たりをした。
別の場所、さらに別の場所と次々と変えた。すると、ゴォー、ゴォーという叫び声が聞こえはじめた。そして、向こうからも体当たりしているようだ。
オリオンは構わず場所を変えた。また元に戻ると、そこに体当たりをした。
そして、「戻ろう」と合図した。急いで海面に戻った。しばらく息を整えて、仲間を見た。今まで気がつかなかったが、誰も頭や体にひどい傷を負っていた。
「おまえたち、大丈夫か?」リゲルが声をかけた。
若いシャチは傷から流れる血に驚いたようだったが、「なんのこれしき。大丈夫です」と答えた。
「リゲルも血が出ていますよ」
「こういうことは今まで何回もあったから慣れている。しかし、出血すると体力が落ちるからゆっくり休むんだ」と注意した。
「オリオンは大丈夫ですか?」と聞く者がいたが、「オリオンは次のことを考えているはずだから一人にさせておけ」と言った。
2,3分すると、オリオンがリゲルのいるところに来て、「リゲル、大丈夫か?」と聞いた。
「きみこそ」
「大丈夫だ。怪物が体当りするから判断しにくかったが、下の奥が一番いい場所のような気がする」
「すると、そこが浮いているということか?」
「そうだろう」
「でも、だれがこんなことをしたのだろうか?」
「考えられるのはクラーケンだろう。怪物を奥に閉じ込めている間に岩を立てかけたもしれない」
「すごい力だな」
「ぼくらも注意しなければならないな」