ピノールの一生(18)
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(128)
「ピノールの一生」(18)
シャチはものすごいスピードで仲間を追いかけました。それに気づいた仲間は、ごめん、ごめんというように、ピノールをくわえたままのシャチのまわりに集まりました。
ピノールは、顔からシャチの口に飛び込んだので、その様子は分かりませんが、雰囲気で察しました。
案の定、仲間を助けようと、ピノールに体当たりをしてきました。ピノールにとってもありがたいですが、ピノールはどうするべきか考えました。
自分はロボットですから食べられることはありませんが、ここがものすごく深かったら、もはや助かることはありません。クジラでも何千メートルも潜ることはできないと聞いたことがあるからです。
「ピノール、あせるな」ピノールは、自分に言い聞かせました。シャチがドスンドスンとぶつかるたびに、シャチの口の肉をぐっと掴んで耐えました。
そのシャチも、ピノールが肉を掴むたびに、痛そうな悲鳴を上げます。「やめてくれ」と訴えているようです。しばらくすると、動きだしました。あきらめたようです。
「よし、どこかへ行ってくれ。どこか浅瀬で休んでくれたらこっちのものだ」少し余裕が出てきました。
シャチは、ピノールをくわえたまま、1時間ほど動きましたが、動きが鈍くなってきました。やがて、完全に止まってしまいました。
仲間が心配して、またピノールを外そうとしましたが、ピノールは外れないように手に力を入れて持ちこたえました。
やがて、ピノールの体が逆さまになったような気がしました。シャチは死んだかもしれないと思いました。
このまま沈んでいくのか。いや、死んでもしばらくは浮きあがるはずだ。しかし、その前に自分が出なければならない。重さで浮きあがれないからだ。
ピノールは、外の気配を感じてから、シャチの口から出ました。しばらく泳いでいると、シャチの体は海面に浮かびあがってきました。
急いでシャチの体の上に乗りました。体を安定させてから、あたりを見まわしましたが、360度海です。クジラや相棒が来る様子もありません。
もうあきらめるしかないかと思ったとき、そのシャチの体が動いたような気がしました。目を見ると、少し開いています。
「よかった。生きかえったのか。ぼくはおまえを利用して助かりたいと思っていた。申しわけなかった。それに、まだおまえに乗っている。すぐ降りるよ。早く仲間のところに帰りなさい」
ピノールは背中から下りようとしましたが、そのシャチは、体を持ち上げてピノールが下りられないようにしました。
「乗せてくれるのか。ありがとう」ピノールの目からは涙がぽろぽろ落ちてきました。
ゼノールじいさんが、言葉を話す機能が壊れたときのことを考えて、涙が出るようにしていてくれたのです。
ピノールは、自分が人間ではなくて、人間の形を真似た人造人間であるロボットであると自己紹介しました。
多少人間のような感情はあるが、機械であるから、食べることも寝ることもしなくてもいい。だから、おまえの代わりができるとつけくわえました。
そのシャチは生きかえったといっても、まだ口からは血が出ているし、ピノールをくわえたまま泳いだので相当疲れているからでした。
「おたがいがんがろう」と励ましました。海の王者と言われているシャチですが、ピノールをくわえたシャチが弱っているのに気づいたものが近づいてきているからです。
「疲れたら休んだらいいよ。ぼくが様子を見ておくから」
しかし、ピノールの体は錆がひどくなってきていました。ずっと動いていないと体が固まってしまうようです。それに、体の中で、バチバチという音もします。
何とか二人とも助かりたい。ピノールは、シャチの背中で弱気を払いのけ、思いを新たにしました。