シーラじいさん見聞録

   

リゲルはもう少し注意をしたかったが、カモメがすでに飛びあがったのでそのまま動きだした。シリウスたちは後を追った。しかし、集まっていると、また攻撃されるのは目に見えているので、それぞれが距離をおいた。それはシリウスが指示を出した。
ただ、氷山が散在するので、慣れない者は方向が分からなくなり、シリウスはそれにも気を配った。リゲルは、仲間の者や若いクジラの面倒をシリウスに任せるようにしていたので、シリウスはそれに応えようとした。
たまたま1頭の若いクジラがシリウスに近づいたとき、そのクジラは、「カモメは以前からの仲間ですか」と聞いた。
「そうだよ。ぼくより先輩だ。オリオンが活躍する姿を空から見て、行動を共にするようになったそうだ。今ではカモメがいないとどんな作戦もできない。だから、リゲルも感謝しているので、丁寧に話しているんだ」
「そうでしたか。それは奇跡ですね」
「シーラじいさんは、自分がしていることは必ず誰かに見られているのだと言っている。それが奇跡を生んだんだろうな」シリウスはつけくわえた。
そのとき、数十羽のカモメが空を大きく舞いだした。
「あれは?」
「やつらが止まったとという合図だ。ぼくらも止まって様子を見なければならない。でも、どうしたんだろう?」
「こっちに気がついたんですか」
「どうかな。そうだとしても、かなり距離があるから大丈夫だ。それに、カモメはやつらが海面から姿を消しても、潜ったときの様子を見ているから、どの方向に向かっているか知らせてくれるよ」
しばらくすると、カモメがこちらに戻ってきた。「方向を変えたな」シリウスは叫んだ。
そして、若いクジラたちにどんな指示を出したらいいか思案していると、他の若いカモメも戻ってきて「どうしたらいいですか?」と不安そうに聞いてきた。
そのとき、リゲルが急いで来た。「あわてるな。横に逃げろ。そして、カモメの動きを見て、やつらの後ろにつくようにしろ」リゲルは、今までの丁寧な話し方をせずに、若いクジラたちに叫んだ。
それを聞いて、若いクジラは左右に分かれた。「氷山があるからやつらもすぐにはおれたちに気がつかないだろう」リゲルはシリウスに言った。そして、「みんなを見ておいてくれ」と言って離れた。シリウスはまず左に向かった若いカモメを追った。
カモメはリゲルたちがいる線を越えてそのまま進んだ。一度カモメは止まったが、すぐに前に進んだ。みんなそれを見て背後に向かった。
しかし、途中1羽のカモメだけが空を旋回している。どうしたんだろう。リゲルはその下に近づいた。
どうも何かが浮いているようだ。あれは何だろう。自分と同じシャチか。しばらく様子を伺っていたが、他には誰もいないようだ。
ミラやシリウスたちも集まってきた。「どうしたんだろう?」、「動いていないようだ」、「クラーケンにやられたのか?」みんな口々に言った。「おれが見てくる」リゲルは近づいた。
背後から近づき、そのシャチの様子を見た。
しばらくしてから戻ってきて、「襲われたようには見えないが、かなり弱っている」と言った。
「それじゃ、クラーケンをおいかけましょう」ペルセウスがせっついた。
「いや、ぼくが見てきますから先に行ってください」ミラが言った。ミラには他人事のようには思えなかったのだろう。リゲルは、ミラの気持ちが分かった。「よし、みんなで行こう」と言った。
そして、カモメに、自分たちはしばらくここに留まるので、あいつらがどこに行くか見ておいてくださいと頼んだ。
ミラはそのシャチを調べていたが、「そうですね。どこもけがをしていませんね。やはりクラーケンの仲間でしょうか」と言った。「それならどうしたんですか?」シリウスが聞いた。
「けんかをしたようではないな。さっきやつらが止ったのは、これの具合が悪くなったからかもしれない」リゲルが答えた。「それなら、仲間を見捨てていったのか」ペルセウスは信じられないというような口振りだった。
「リゲル」ミラが口ごもりながら言った。「ゆっくりできる場所に連れていっていいですか」と頼んだ。
みんなミラを見た。今までクラーケンの部下と生きるか死ぬかという戦いを何回もしてきたが、傷ついている者にはとどめを刺してきた。前線で戦っている者は、クラーケンの幹部などではなく、ほとんどが勧誘された者で、どこかで親や兄弟が心配しているだろうがそんなことを考えていればこちらが危ないので、どんな手段を使ってでも殺すことしか念頭になかった。
ミラもそれがわかっているから言いにくかったのだ。「わかった。みんなで運ぼう」とリゲルは答えた。ミラは何か考えているのだろうと思ったのだ。
「いいですか」ミラは、確かめるようにもう一度聞いた。リゲルはうなずいた。
すると、「ぼくが下から支えるから、みんなは横を頼む」ミラは、そう言うと動かないシャチのの下にゆっくり潜った。リゲルとシリウス、ペルセウスはあたり警戒しながらゆっくり進んだ。
ようやく、グリーンランドが見える場所までたどりついた。それから、あまり飛行機が飛んでいず、クラーケンも近づいたことのない場所を探した。さらに、途中が大きな屋根のようになっている氷山を見つけた。
「ここにしよう。ここならグリーンランドの反対側だし、飛行機からだって見えないぞ」リゲルは叫んだ。
ミラは、「こいつをここに乗せたいのだが、みんな助けてくれないか」と頼んだ。
みんなは、一斉に動かないシャチに集まった。

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