シーラじいさん見聞録

   

イギリス海峡の様子を見ているカモメが、仲間のカモメに、「おかしいな。クラーケンがこっちに向かっているのだろうか」と聞いた。
「おまえもそう思ったか。おれも、どうしてこんなに動きが激しくなったのかと不思議でならないんだ。もし見つけたら、仲間が教えてくれるはずだがな」などと話しあっていた。
空にはヘリコプターや飛行機が飛びまわり、海では多くの船が、それも、海軍の船が慌ただしく、大西洋や、その反対方向に向かっていたからだ。
そのとき、アントニスたちがいるホテルや海洋研究所などを担当している仲間が飛んできた。急いでいるようだか、「何かあったのか」と聞いた。
「そうようだ。アントニスたちもあわてている。すぐに手紙や新聞記事をシーラじいさんに届けなくちゃならないんだ」
「だから、何があったんだ?」
「核兵器というものが使われたんだ」
「どうなるんだ?」
「ニンゲンは絶滅するかもしれない」
「えっ、ほんとか」
「アントニスたちはひじょうに心配している。それに、テレビはずっとそのことを言っている」
「それで、ニンゲンは慌てているのか」
「それなら、おれたちも死ぬのか」
「いや、それはわからない」
「体はいつもと変わらない気がするけど」
「とにかく、急いでいるんだ。シーラじいさんに聞いておくから」
「気をつけていってくれ」
手紙を足で支えて飛んでいく仲間を見送りながら、「ニンゲンがいなくなればどうなるんだろう?」と聞く者がいた。
「わからん。ただ、オリオンたちはニンゲンを助けようと必死だ。そうなれば、さぞ悲しむだろうな」
「しかし、ニンゲンがいなくなったら、オリオンをどうして助けたらいいのだろう?」
「シーラじいさんが考えてくれるよ。おれたちは命令どおりにしたらいいのだ」
「アントニスやイリアスたちは助かってほしい」
「とにかく、今はニンゲンの様子をしっかり見ておこう」、

シーラじいさんは、手紙を一読するや、みんなを集め、「アントニスの手紙では、アメリアが核攻撃されたようじゃ」と言った。
「ほんとですか?核戦争がはじまれば、ニンゲンは絶滅するかもしれないとシーラじいさんに聞きましたが」リゲルが聞いた。
「そうじゃ。ただ、今回は高高度核爆発といって、ニンゲンそのものを殺傷するのではなく、社会の機能を破壊する目的で使われたようじゃ」
「アメリアは、世界で一番大きい国ですよね。そしてチャイアと争っている。それなら、攻撃したのは、チャイアですか?」
「まあ、そうじゃろな。この記事では認めていないらしいが、その後のことは次に送ってくれる記事でわかるじゃろ」
「今アメリアはどうなっているのですか?」他の者も次々と質問した。
「アメリアの北半分が攻撃されたそうじゃが、北半分は世界を動かす機能が集まっているので、世界に影響が出るじゃろ」
「ぼくらも気がついていましたが、手紙を運んできてくれたカモメも、かなりの飛行機や船が大西洋に向かっていると言っていましたが、このためですね」
「そうじゃな。世界中の同盟国がアメリアに向かっているじゃろ」
「アメリアは報復しないのですか」
「アメリアの大統領の考え一つじゃろ。アメリアはまず自国の復興を先にすると思うが」。
「もし報復したら?」
「まちがいなくニンゲンは生きていくことができない」
「おれたちには影響はないですか?」
「従来想定されていた核戦争なら、いずれ海も汚染されてほとんどの者が死にたえると言われているが、、今回の攻撃ではどうなるかわからん。
ただし、ヒロシマやナガサキのときの核爆弾とは比較にならないほどの殺傷能力があるので、徐々に影響が出るかもしれない」
「オリオンの訓練はどうなるのでしょうか」
「しばらくは中止になるじゃろ」
「あれだけがんばっていたのに」
「どうしてこんなことになるんだ!」
「今回は、大量殺戮ということはなかったかもしれないが、ニンゲンが作り上げてきた文明が大きなダメージを受けた。
元通りになるのは数年かかる。しかも、報復はせずとも、相手に対する憎しみはさらに深まるじゃろ。
そこをどう切りぬけるかで、ニンゲンは生きのこるのか、あるいは、世界が分裂したまま、最後には絶滅していくのかに分かれる。ニンゲンは難しい宿題を出された」

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