シーラじいさん見聞録

   

オリオンは、今二人から今回のことを聞かされたところだった。
「オリオン、大変ことが起きてしまった!」と慌てて入ってきたときから、二人の声だけでなく、体も震えていた。事情を聞いて、オリオンはその動揺がわかった。
シーラじいさんから核兵器がどんなものか聞いていたからだ。それを使うとニンゲンは絶滅するかもしれないが、ニンゲンはそれをわかっているから使うことはないじゃろ。ただし、誤爆でもすれば、取り返しがつかないことになるがということだった。
それが起きたのか。誤爆ではなさそうだ。というのは、核兵器は、アメリアの首都のニュークーカの上空で爆発している。それならと声を飲んだが、思い切って、「アメリアはどうなっているのですか?」と聞いた。.
「電気もガスも止まっているうえに、人工衛星も機能しなくなっているので、巨大なゴーストタウンのようになっているようだ。まさしくコンクリートジャングルだ」
「大勢のニンゲンが住んでいるんですね」
「そうだ。ただこの攻撃は人間へ影響は少ないらしい。ヒロシマやナガサキのようにはなっていないようだが、それも、まだ詳しいことはわからない」
「軍隊が放射能の有無を調べているようで、今はマスコミは入れないんだ。人は外には出ていないようだが、すぐに食べ物に困るはずだ。軍隊などが食料を届けるだろうが、十分な量は無理だろう」
「それに、放射能を心配してパニックが起きるかもしれない」
「アメリアの南半分も、通信施設は機能しないが、生活にはそう被害がないようなので、北部の人は南に向っている」
「すぐに元通りになるのですか?」
「いや、数年かかるようだ。人工衛星が破壊されてネットが使えなくなっているので、今までのような生活はできない。
昔、それも、4,50年前の生活をしろといわれても、みんなできなくなっている。それに、世界中に影響が出てきはじめている」
「もう一度打ち上げなければならないからね。それに、世界はチャイアの仕業と考えているが、それに対しても何かしなければならないだろう」
「アメリアは報復するのですか」
「そこなんだ。世界中がチャイアに非難の目を向けているが、アメリアには報復してほしくない」
「そうなれば、今以上の混乱が起きる。さらに、大勢の人が死ぬこともあるだろう」
「大統領は、同盟国の元首とどうするか話しあっているみただけど、世界の世論は絶対報復をするなと言っている」
「そんなことをすれば絶滅だよ。核物質で太陽の光が届かなくなると、人間だけでなく、動物も死んでしまう」
「そんなわけで、きみの訓練はしばらくできないんだ」
「それはかまいません。ぼくは、何年でも待ちます」
「ベンが帰ってくれば方法を考える。それと、少し時間が取れれば、アントニスたちと会ってくるよ」

ダニエルは、ようやくカルフォルニアにいる家族と連絡が取れた。とにかく電話だけはつながるようにしなければならないという方針で同盟国が最優先に復旧を進めたからだ。
家族の話では直接の被害はなかったが、大勢の人が避難してきて町は混乱しているようだ。
避難住宅を大急ぎて建設しているが、数が足らないので、すべての学校や公園が避難民の収容場所になった。そこで、政府は、避難民が偏らないように、分散させている。
南部でも操業がストップした工場が増えたので、収入が少なくなったうえに、物価が高騰したので、生活は一気に苦しくなったそうだ。とにかく、今は耐えなければならないという覚悟で、生活をしているということだった。
それを聞いたアントニスは、「いつでもこちらに来てくれたらいいよ」とダニエルを安心させた。
「ありがとう。昔の人間だから、庭を畑にしてでも生きていくと思う」と答えた。
「何かあったら言ってほしい。今は、テレビで状況を把握するしかない。シーラじいさんもぼくらの手紙を待っているから」
緊急に打ち上げた人工衛星でテレビを見ることはできたが、画面は突然乱れたり、映らなくなった。電磁パルスの影響が出てきたのだ。新聞も止まったままだ。
その影響を取りのぞくためには、世界が協力しても、5,6年かかるようだ。
かろうじて映るテレビには、何百万人というアメリア人が、南部を目指している様子が映っていた。
人々は、放射能がいつ降ってくるかもしれないので、逃げるしかないと答えていた。
アメリア政府は、「放射能は心配ないのであわてるな」というチラシを、飛行機でアメリア全土に撒いたが、パニックは収まりそうになかった。
また、ニュークーカの様子もあった。もし放射能が検出されたらすぐに対応できる装備をした兵隊が、ニュークーカをはじめとする都市を経過していた。どこも、車は通ることはあるが、人は歩いていない。異様な光景だった。
「貿易が止ったので、世界経済はマヒしてしまった。それなら、攻撃したほうも大きな損失を受ける。
そんなことは、攻撃する前からわかっていたはずなのに、どうして決断したのだろうか?」アントニスが、テレビを見ながら首をひねった。
「ぼくもそれについて考えていた」ダニエルが言った。
「お互いが従来の核攻撃をすれば、まちがいなく絶滅する。そこで、HANEなら、社会の機能を破壊するだけなので、核戦争には至らないと考えた可能性がある。それに、軍事衛星も使いものにならなくなるので、報復はできないと予測したかもしれない。
経済も、アメリアへの輸出が止るから、世界的に止まるが、いずれ、通信が復興すれば、生産がはじまる。そのとき、どこが得をするかだ」
「なるほど。アメリアには労働力が戻らないかもしれないものな」そのとき、アントニスの電話が鳴った。

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