シーラじいさん見聞録

   

カモメに気づいたイリアスは、すぐに窓を開けて、「オリオンはどうだった?」と聞いた。カモメはうなずいて、うれしそうに鳴いた。
飛んできたアントニスも、「ありがとう。元気だったんだね。もちろんシーラじいさんも知っているのだね」カモメはうなずいた。
それを聞いていたジムは、「いよいよだ」と叫んだ。
ミセス・ジャイロは、「ジム、あわてちゃだめよ、もし失敗でもしたら、オリオンは二度戻らないかもしれないのよ」と言った。
「もちろんだよ。そのときをじっと待つつもりだ」
「シーラじいさんはどうするだろうか」ダニエルが聞いた。
「クラーケンの動きを見て、近くまで来るかもしれないな」アントニスが答えた。
「おれたちも忙しくなるぞ」ジムも負けていない。

「ペルセウス、たいへんだ!」ペルセウスがサウサンプトン水道の中ほどで様子を見ていると突然声が聞こえた。あたりを見回すと、声の主が波しぶきを立てて近づいてきた。
「何かあったのか?」アントニスが聞いた。
「きみが言っていたクラーケンがセンスイカンを襲った」
「本当か!」
「ヘリコプターが集まるのを見たぼくの仲間が急いで駆けつけた。しかし、海面は何事もなかったので、奥に潜った。
すると、今まで見たことないほど大きな影が動いていた。巻きこまれないように近づくと、何とばかでかい怪物がセンスイカンに、体というか、ものすごく長い足を巻きつけて襲っていたんだ。
同時に、普通の4,5倍もあるシャチが、それに加勢して、センスイカンをひっくりかえして、そのまま海の底に引きづりこんでいったんだ」
「それはまさしくクラーケンだ。でも、ここではニンゲンの動きがないなあ」
「でも、今も同じような影を見たと仲間は言っている。きみに報告してから、ぼくも見にいくつもりだ」
「ありがとう。きみらがそう言うのならまちがいない。カモメが来たら、シーラじいさんに伝えるように頼んでから、ぼくも行くよ」
「それじゃ、先に行っている」
ペルセウスは、クラーケンの仲間はこっぴどくやられたのじゃなかったのか、大型船が行きかう穏やかな海を見ながら不思議に思った。「もしクラーケンがあらわれたら、オリオンは当分出てこないかもしれない」
ようやくカモメが下りてきた。ペルセウスは、先ほど友だちから聞いた話をした。そして、「イギリス海峡は騒がしくなっていますか?」と聞いた。
「詳しくは知らないが、仲間からはそういうことは聞いていないな。でも、シーラじいさんがいる場所に行くときに気をつけておこう」カモメはそう言って飛びたった。

カモメから、クラーケンのことを聞いたシーラじいさんもすぐに信じられなかった。
「さっきオリオンのことを聞いたばっかりじゃが、そんな話は聞かなかったな」
「そうです。こちらに来るときも、ニンゲンがあわてている様子はありませんでした」
「ペルセウスから初めてクラーケンの話を聞いた友だちが、幻覚を見たのではないでしょうか?」リゲルが言った。
シーラじいさんは、「それもありえるが、すまんが少し気をつけておいてくださらんか」とカモメに頼んだ。
「そうします。それでは、何かわかりしだいまた報告します」カモメは戻った。
「もしそれが事実ならどうでしょうか?」リゲルが聞いた。「事実なら、ニンゲンを他に引きつけるために、わざと暴れさせたもしれないが」、「陽動作戦ですね」、「うむ」

オリオンは、一日数回泳ぐようになった。徐々にではあるが筋肉もついてきたので、泳ぐことに違和感もなくなりつつあった。
そして、監視カメラがずっと回っているので、以前のように、カメラのスィッチを切ることができなくなった。
また、マイクが来ても、同僚といっしょなので、「私語」を交わすことができなかった。
あるとき、同僚がその場を離れた。マイクは、オリオンの状態を見るかのようにして近づいた。
「クラーケンが、強大なシャチとともに潜水艦を襲っているんだ」
「えっ、ここにあらわれたのですか?」
「そうだ。海底まで引きずりこんで破壊している。でも、敵のロボットかもしれないので、公表はしていない」
「ぼくは同じことを何回も見てきました。ニンゲンはそんな武器を作れますか」
「聞いたことはない」
「マイク、お願いがあります」
「何でも言ってくれ」
「ぼくを海に連れていくようにしてほしい」
「どうして?」
「このままなら事態はますますひどくなり、みんなが不幸になります。
ぼくにチャンスをください。もしぼく一人で無理でも、仲間が来てくれたら、いっしょにできるだけのことをします」
「きみの考えはわかった」
マイクは、オリオンの希望を叶えるためにできるだけのことをしようと思った。オリオンは、自分を苦しめている人間をも助けようとしてくれているのだ。

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