シーラじいさん見聞録

   

耳を澄ますと、コンニチハと言っているように聞こえる。それがどんどん重なってくる。
まさか!ミラは声のほうに進んだ。コンニチハはあちこちから聞こえてきた。
弟たちか。どうしたのだろう。何かあったのか。それにしても、こんなことをしたら、センスイカンに見つかってしまう。ミラは声のほうに急いだ。
やがて、影が一つ見えたと思うと、次々と現れた。
そのとき、「探していたよ」という声が聞えた。弟だ。「どうしたんだ?」ミラは聞いた。
「きみらは、もうここを出たのではないかと思ったんだが、ヘリコプターやセンスイカンの動きが鈍いので、ひょっとしているかもしれないと、みんなで探したんだ」弟は、興奮して答えた。
「そうだったのか。お兄さんはどうした?お兄さんには、ほんとに申しわけないした」ミラは、気になっていたことを聞いた。
「お兄ちゃんは、ニンゲンが長い間かかって・・・」弟は、今度は感情を殺して言った。
「ああ」ミラもそれ以上は言えなかった。
「ぼくは、逃げないでずっと見ていたんだ。パパもママも、ぼくの話を聞いて泣いていたけど、パパは、おまえはよくやったと褒めてくれた。
そして、きみらにはお礼をしたかったと言ったので、ぼくらにはわからない仕事をしていると説明すると、今から何かできることはないのかと言ってくれた。それで、ぼくは、仲間を誘ってここに来たというわけだ」
ミラはうなずいた。
「これから、どういう作戦を取るのか?」
「早くここを出たいが、バリアが強烈で難渋している。しかし、クラーケンかニンゲンが来そうなら、すぐに動くことになっているんだ」
「バリアを浴びたら、お兄ちゃんのようになってしまうのか?」
「そうだ。ぼくとリゲルも一度危うい目にあった」
「何か方法はないのか」
「バリアは避けられない。それで、方向感覚が狂いだしたら、バリアの影響を受けないペルセウスについて行くようにしている」
「センスイカンに行く手をふさがれたらどうしようもないじゃないか」
「きみの言うとおりだが、クラーケンやセンスイカンの危険だけでも減らすことができる」
「ぼくらが役に立てないか。きみらほどの経験はないが、仲間は50頭近くいるから、それを数で補うことができる」
「ありがたい申し出だ。まず、シーラじいさんに話してみるよ」
そのとき、仲間のクジラが来て、何かわからないが大勢こちらに向かってきているぞ」と報告した。
「みんなで行こう」誰かが言った。
「待て。こういうときは作戦というものがいるんだ。やみくもに向かっていっては勝てっこない」弟は、仲間を制した。ミラは、弟をたくましく感じた。
「そうだ。それじゃ、ぼくについてきてくれないか。ぼくの仲間が待っている」
「よし、連れていってくれ」ミラを先頭に、50頭のクジラが動きだした。
小さな島を目印にした集合場所には、リゲルたちが待っていたが、あまりの数の多さに驚いた。ミラは事情を話した。
「心強いじゃないか。ぼくらも、ヘリコプターやセンスインが何かを察しているなと感じていたところだ」リゲルが言った。
シーラじいさんが、知らせを聞いて上がってきて、事情を聞いた。「ごくろうじゃったな。これから、何が起きるかしれぬ。早く帰って親を安心させなさい」
「恩返しをさせてください。パパも、お兄ちゃんのために役に立ってこいと言ってくれています」弟は毅然として言った。
「しかし、ニンゲンは攻撃してくるぞ」
「ミラと話をしていて、欺(あざむ)き作戦を思いついたのですが」
「欺き作戦?」
「ニンゲンかクラーケンが向かってきたとき、ぼくらが、そいつらを引きつけますから、その間にここを出てください」
「なるほど。しかし、ニンゲンは、空からも攻撃してくる」
「ぼくらは50頭います。空からであろうと、海からであろうと十分太刀打ちできます」
上空には、ヘリコプターのすさまじい音が響いた。相当の数が集まってきているようだ。
「今がタイミングです」リゲルが叫んだ。
「それじゃ、行こう。ただし、無理をしないようにしてくだされ」シーラじいさんは決断した。
ミラも、「ありがとう。ここでお別れだ。今度はゆっくり会おう」と言った。
「そうだな。任務の成功を祈っているよ」弟も答えた。
「作戦開始!」リゲルが叫んだ。
弟たちは、全員で海面を飛びあがった。そして、ヨーロッパ大陸に動きだした。ヘリコプターがついていった。そのとき、鋭い音がし、波が上がった。
弟たちはすぐに潜った。
ヘリコプターの動きを見ていたリゲルやミラは、弟たちが無事なことを祈った。
「ちょうどいい時間に作戦をはじめることができた。あと1時間ぐらいで、暗くなりはじめる。
そうなれば、ヘリコプターからの攻撃もおさまるし、おれたちも、夜陰に乗じてジブラルタル海峡を進むことができる」リゲルはミラに言った。
「これ以上のタイミングはなかったな」ミラが答えた。そして、弟のためにも、絶対成功しなければならないと心に決めた。
リゲルは、「いよいよジブラルタル海峡に入るぞ」と声をかけてきた。

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