残されたもの
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(64)
「残されたもの」
「いいなあ、きみたちは」どこから声が聞こえてきました。
誰だろうとあたりを見回していると、どうやら地面に転がっている頭のようです。こちらを見上げています。
「どうして?」と胴体が聞くと、「だって、きみらは、足も手もついているから、どこへでも自由に行けるじゃないか」とうらやましそうに答えました。
「確かに、私たちは、足や手がついていない胴体よりも恵まれているかもしれないけど、あなたたちがいないとうろつくだけで、どこへ行ったらいいかわからないのよ」と若い女性の胴体が言いました。
「まあ、そうだけど。とにかく、ぼくは、また歩いてみたいんだ。こんなところにごろごろしているのはあきた」
「それじゃ、わたしの上に乗ったら」
「ええっ、そんな!きみの上に乗るなんて」
「あなた、へんなこと考えていない?赤い顔になったわ。私の首の上に乗ったらと言ったのよ」
「そ、そうか。でも、どうしてきみらは顔がないのにしゃべられるのかい?」
「なによ、今さら!そんなこと言いっこなし。今までも、私たちが話しているのを知っているでしょ。ここにいれば、胴体でもだんだん話せるようになるの」
「それは悪かった。でも、ぼくは、きみの首までと飛びあがれないよ」
「それなら、私がこの穴に入ってから身を屈めるから、少しジャンプすればいいのよ」
「それくらいならできるかも」若い男の首はごろごろと転がってから、ピョーンとジャンプしました。
しかし、カーブが少しずれたようで、若い娘の肩にぶつかってからドスンと落ちてしまいました。
「痛てて!」
「何やっているのよ。あなた若いんでしょ。もう一度やりなおし!」
「最近、体を、いや、頭を動かしていないので、感覚が鈍っている」そう言いながら、またジャンプしました。今度も失敗です。
若い男の首は、娘の胴体が、また何か言う前に、「もう一度やしてくれ!」と叫んで、ジャンプしました。
スポーン!今度は成功です。胴体は立ち上がりました。
「わあ、すごいなあ。スカイツリーに登らないまま死んでしまったけど、こんな見晴らしなんだろな」
「何いっているの!それじゃ、少し歩いてみない」若い娘は冷静に言いました。
「よし、そうしよう」若い男は、久しぶりに歩けることと自分の体が若い娘になったことの両方に興奮しながら答えました。
「でも、ぎこちないなあ。もっとスムーズじゃなかったっけ」若い男がそう思っていると、あちこちから笑い声がしました。
「あなたたち、まちがっているわよ。顔がお腹のほうにないと歩けないでしょ」手足がなくて胴体だけの女性が声をかけました。首と胴体はあわてて向きを変えました。
しかし、両方が向きを変えたものですから、また同じことになりました。
「それじゃ、同じことよ」手足のない熟女の胴体が言いました。
「ごめん」若い男はあわてて謝りました。今度はうまくいったようです。
「さあ、歩きましょう」娘が言いました。
生きていたときのようにスッスッと歩くことができました。「おお、すごい。でも、クラクラする」
若い女性も、酔っぱらいのような歩き方でなく、上品に歩くことができたので感動しました。
別の頭や、手足がある胴体や、ない胴体、また、手や足なども、それを羨ましく思いました。そして、わしらも、私たちもとやろうと思いました。
それから、たいへんな騒ぎになりました。ここは、一人の人間が、頭や内臓の病気などで死ぬと、病気ではない他の場所が、たとえば、元気な頭や胴体などがどこにも行けずにいる場所なのです。
「わしの頭はどうじゃ?76才だが、足腰は若いもんには負けん。あっちもすごいぞ」とか「私は28才の女性です。遠くまで行きたいので、若い男の手足を求めます」などと言う声が鳴りひびいています.
何千、何億という体のパーツがいますが、やはり、若いパーツが少ないので、売り手市場なのは娑婆と同じです。だから、ブローカーまで出現する始末です。
今まで静まりかえっていた広大無辺の場所で、一人前になった人間が歩きまわったり、はしゃいだりするので、にぎやかな場所になりました。
しかし、しばらくすると、少し雲行きがあやしくなりはじめました。
頭が行きたいと言っても、足が言うことを聞かないことや、その逆も出てきました。
としよりの頭などは、「あいつはいいやつだった」などと昔を懐かしがります。
友だちが、「あいつって?」と聞くと、「わしの足じゃよ。わしが決めたら、不平も言わずに、必ずついてきたものだ」と答えました。
「妙な言い方だ。元々お前についていた足だろう?」
「そんなことはない。もう、だめだと言って、ストライキを起こした足を何本でも見てきた」
「じゃあ、その足はどうしたんだ?」
「わしの胴体がひどい糖尿病になって、足を切られたんだ。ほんとにかわいそうなことをした」と言って泣くのでした。
残されることはさびしいものです。でも、何とかして新しい一歩を踏みだすのが、残されものの責任かもしれません。