酒場

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(65)

「酒場」
「ママ、まだかな」という声がしました。
ママが下をみると、誰かがこちらを見上げています。どうもお客さんのようです。
「あら、サイさん、どうしたの?お店はお日様が沈んでからと決まっているでしょう?まだ明るいじゃない」
「そうだけど、飲みたくなったもので」サイは言いわけをしました。
「困ったわねえ。まだ仕込みが終わっていないのよ」ママと言われたチンパンジーは、枝で編んだ籠を見せました。
サイは残念そうに首を振りました。かわいそうに思ったママは、「それじゃ、できるだけ早く開くから、近くの河で待っていてちょうだい」と声をかけました。
そのとき、「ママ、どうしたんだ?」という声が近くで聞こえました。枝と枝の間から顔がにゅっとあらわれました。ときどき来てくれるキリンです。
「こんにちは、キリンさん」ママは事情を話しました。
「誰でも、一刻でも早く飲みたいときがあるもんだ。よし、おれが、『つきだし』の木の実を集めてきてやるから、ママは開店の準備をしたらいいよ」
「そうお。それじゃ、お願いするわ」ママは、キリンに大きな籠を渡して、急いで木を下りました。
「サイさん、少し待ってね。急いでやるから」サイは、ママの言葉に頭を下げました。
ママは、テーブルを並べ、その上に昼に作っておいた肴(さかな)を3つ、4つ並べました。
それから、大きな岩と岩の間に隠している酒蔵に行き、大きな籠の中に大きな葉っぱを敷いたコップにお酒を注ぎました。
「さあ、先に一杯飲(や)っていてちょうだい。もうすぐキリンさんも戻ってくるし、他のお客さんも来るからね」
ママは、お客が悲しいときは、自分からその理由を聞かないようにしていました。
「ありがとう、ママ」サイは、ママに礼を言ってから、グッグッと飲みました。
「フー。五臓六腑にしみわたる!」サイは笑顔になりました。
「元気が出た?」
「ああ、元気が出た。家のことでいろいろあってね」
そのとき、籠をくわえたキリンが帰ってきました。
「キリンさん、ありがとう。まあ、山盛りにしてくれたのね」
「ああ、いくらでもあるよ」
「今度からアルバイトで雇ってくれよ」キリンは冗談を言いました。
「お願いするわ。お礼はお酒でね」ママも冗談で返しました。
「サイさん、飲(や)っているね。夕日に負けないほど赤くなっているじゃないか」キリンは、サイに声をかけました。きっと気が滅入っているのだろうと思ったのです。
「いや、夕日が映っているだけだよ」サイも少し元気だ出たようです。
「夕日を見ながら飲(や)るのもいいものだ。ママ、サンセットパーティを開いてくれよ」
「それはだめよ。ライオンの町会長さんから、暗くなってからしか開店しないという約束で許可をもらっているのだから」
「確かにな。昼間から飲めば、家庭も社会もまとまらんわな」
そうこうしているうちに、真っ赤に燃えた夕焼けは消え、空には、無数のイルミネーションが輝きはじめました。ジャングルの酒場「オアシス」の開店です。
酒場のまわりには、大木が密生しており、しかも、紹介者がいないと入ることができませんから、お客は、みんな知りあいで気兼ねなしに飲めるのです。
だから、日頃は天敵関係にあっても、ここでは、おれ、おまえで話をします。
あちこちから、ガサガサと草を踏んだり、ボキッと枝が折れる音がします。
ライオン、シマウマ、ゾウ、ゴリラ、ワニ、カバなどの「のんべい」のお出ましです。
ママも忙しくなってきました。先月から女の子のアルバイトに来てもらっているので、少しは助かります。でも、客は、みんなママに話を聞いてもらいたいのです。
みんな「駆けつけ一杯」で準備ができると、「サイさんの気持ちがわかるよ」と誰かが口火を切りました。誰かが言ったのでしょうが、みんなサイの様子を知っていました。
「命の危険も顧みず、食べものがある場所を探しているのに、家のことは全部父親の責任だといわれるんだ」シマウマが嘆きました。
「子育てや近所とのおつきあいで、女親のストレスはたいへんなものよ。夫に愚痴を言えば、わしの母親はちゃんとやったと言うだけじゃん」ママも負けていません。少しお酒が入ったので、「ため口」になりましたが。
それから、女親、男親、そして、社会、人生と、いつものように話は広がっていきました。
「ママも、いいものを発明してくれたなあ」ライオンがようやく話題を変えました。
「そうだ、そうだ。これは全員一致だ」とカバが、呂律が回らなくなっているのに、大きな声で言いました。
「酒なくて 何の己が桜かな、だ。ママに、ノーベル賞をやる!」ゴリラも上機嫌です。
「そう言っていてくれるのはあなたたちだけよ」
「酒の本質を知る者だけが酒を飲む資格あり」ワニが首を持ちあげて叫びました。
「古来 聖賢 皆寂寞
惟(た)だ 飲者のみ その名を留める有り」
「相変わらず博学だなあ、ゾウさんは。どういう意味なんだ?」サイが尋ねました。
「昔から聖者や賢人はいくらでもいる。彼らは死んでしまえば忘れられるだけだが、酒飲みは、その名が消えることはないという意味だ。酒の歌で有名な李白の詩だよ」
「それじゃ、おれたちは、賢者や聖者よりも優れていると言うことか」ライオンが吠えました。
「そうだ、そうだ。おれたちは、酒の徳を誰よりも知っているからね」シマウマも負けていません。
「そろそろお開きよ」ママは言いわたしました。
満月が足元を照らしている間に、みんなふらふらしながら帰りました。
ジャングルの酒場「オアシス」は、今日も笑い声に包まれました。

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