シーラじいさん見聞録

   

「どんなことでも」2人は緊張して答えた。
「それでは、テレビ局や新聞社に連絡をして、溺れているときに、イルカに助けられたが、
ニンゲンがそのイルカをどこかに連れていったと話をしてくれんか。
海の生き物がニンゲンを襲うようになっているときに、こんなことがあるのかと興味がもってくれるかもしれない。特にイルカは、ニンゲンの子供たちが大好きな生き物じゃったからな」
「そうですね。ニンゲンが海底にいるということを言いましょうか」
「いや、それはまだ早い。信頼関係がないと、そんなことを言っても、誰も信用しない。それに、おまえさんが相手にされなくなってしまう」
「わかりました。今のことをイリアスに話します」
アントニスは、イリアスにシーラじいさんの考えを伝えた。イリアスは、うんうんとうなずきながら聞いていた。
「ぼくがやる。アントニスは、顔を知られているから危険だ。それに、子供のぼくのほうが、ニュースになりやすいよ」
それを聞いたシーラじいさんは、「そうじゃな。イリアスに任せよう。しかし、テレビや新聞などマスコミのニンゲンが、どういう意図で取りあげるのかをよく見ることじゃ。
安易な考えでやられたら、オリオンを助けることができない」
アントニスは、手紙を書くから一度見てほしいと言った。それで、カモメがときどきアントニスの家の上を飛び、アントニスが合図をすれば、それを受けとって、シーラじいさんに渡すことにした。2人は急いで岸に戻った。
リゲルは、「オリオンとイリアスのことがテレビや新聞に取りあげられたら、どうなるのですか」と聞いてきた。
「わしの考えは甘いかも知れないが、うまくいけば、そのイルカを助けようという運動が起きるかもしれない。
そうなれば、あの軍事施設も黙っておることはできなくなるはずじゃ。
そのために、アントニスとイリアスにはがんばってもらって、マスコミの中に信頼に足るニンゲンを見つけてほしいものじゃ。そうなれば、一縷の望みがある。すべては一か八かじゃ」シーラじいさんは苦しそうに言った。
「信頼できるニンゲンが見つかれば、海に来てもらったら、私が話をします」ベラが力強く言った。
「それがいい。ぼくらも、オリオンの時のようなことが起きれば、すぐに助けるよ」リゲルも、ベラに声をかけた。そして、「アントニスとイリアスの成功を祈ろう」とみんなに言った。
アントニスは、遅くまで手紙を書いた。
「私の甥のイリアスは5才です。最近漁師だった父親を船の沈没事故で亡くました。
しかし、遺体が上がっていないので、死んだとは思えず、いつか帰ってくるはずだと、毎日岬から海を見ています。
そんな甥の姿が気になったのか、1頭のイルカが来るようになりました。
最初は遠くにいたのですが、だんだん近づくようになりました。
甥も、絶対海には近づかないように言われていたのですが、そのイルカを近くで見たくなり、岬を下りて、海岸まで行きました。
イルカも、腹がつかえるほど近くまで来るようになりました。
やがて、甥も海に入り、顔と顔がつくほどに近づき、イルカに声をかけるようになりました。イルカもそれに答えました。
あるとき、甥がイルカのほうに行くとき、石につまずいたのか、頭を強く打ちました。甥は、気を失い、溺死する寸前でした。
しかし、そのイルカは、水が少なくなるのも気にせず、甥を押して浅瀬まで運びました。
そして、甥の体に寄りそって励ましました。
やがて、甥は気がつき、一部始終を理解しました。それ以来、甥とイルカはさらに仲良くなりました。
その交流を見ていたものがいたようで、ある日、いつもように、甥がイルカと話をしていたとき、2,3人の男が近づき、イルカに催眠弾を打ちこみ、イルカを連れさりました。
甥は、運ばれていくオリオンを追いかけましたが、子供では、どうしようもありませんでした。今は岬にも行かず、毎日泣いて暮らしています。
何とか甥を助けてやりたいのですが、私は貧乏画家で、どうしてやることもできません。
どうか知恵を与えてください。
                        アントニス・アンドレウ」
アントニスは、オリオンが英語をしゃべることは書かなかった。シーラじいさんのアドバイスがあったからだ。
翌朝、アントニスはカモメを待った。すぐにカモメは下りてきた。そして、「シーラじいさんに渡して」と言った。1時間後、シーラじいさんからOKの手紙が来た。
アントニスは、近くの店に出かけ、電話帳で、ギリシャのテレビ局、ラジオ局、新聞社の住所を調べた。そして、2日かけて片っ端から手紙を送った。
5日待ったが、どこからも返事が来なかった。もしどこからも返事が来なかったらと考えながら長い一日を過ごした。
6日目、1通の手紙が来た。すべてアテネにあるマスコミに送ったのだが、ある新聞のクレタ島最大の町イラクリオンにある支局からだった。
「一度会いたいが連絡を乞う」という短い文面だった。早速、近くの店に行き、電話を借りて、相手にかけた。
若い男が出た。「本社から、一度会うように指示が来たが、今週は無理です。来週もう一度連絡をしてほしい」と言うことだったが、アントニスは、こちらから行けばすぐに話を聞いてもらえるかと尋ねた。
「それなら構わない」ということだったので、アントニスとイリアスは、すぐにイラクリオンに向かった。

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