生活虎の巻
{ }
復活ノート
「生活虎の巻」
西宮の叔母は一人住まいですので、毎週様子を見にいっています。
世間のとしより同様にテレビの守りをする毎日です。だから、世間話をすれば、冷静な批評をします。
たとえば、「震災の復興が遅れているのは、民主党が日銀の総裁のクビを切ったり、日本郵便の社長を交代させたりしたので、財界が動かないためや」とか「孫さんが100億円を寄付するといいながら、1円も払っていないそうやないか。そりゃ、ペテン師や」と、90にしては小気味いいですが、それらはすべてテレビの受け売りです。
ところが、昨日行くと、「えらいこっちゃ。電話が壊れた。すぐに電電公社に電話してくれ」と顔面蒼白で、今にも倒れそうです。
音が小さくなり、表示も見えなくなっています。調べましたが、子機も使えなくなっていましたので、電気屋で、展示品を5000円で買って取りかえました。
テレビ、冷蔵庫、洗濯機などは、私が電気屋に走ったりしたのに、どうして「電電公社」なのか聞くと、「電話は電電公社やと思った」と言います。
入院したときのためにもたせているケータイがあるから、そう心配しなくてもと言うと、「あんた以外とも話ができるのか」という返事です(毎日の安否確認は、慣れさすためにケータイにかけています)。
一人叔母だけでなく、どのとしよりも、機械に関しては「食わず嫌い」になって、それが社会からの疎外感を感じるようになります。
そして、それは、甥である私たち世代にも伝播します。特にぼくは、ゲーム機やスマートフォンになどにはアレルギー反応が出ます。
ところで、妻は字が上手で、ペン習字のお手本のような字を書きます。そして、筆まめです。
私は、字が下手なうえに、妄想を読まれないようにするためにぐしゃぐしゃに書くので、自分でも読めないときがあり困っています。
両者の立場は180度ちがいますが、悩みは同じです、漢字を忘れるということです。
そこで、生きていくための「虎の巻」を出してはどうでしょう。
としよりの暮らしには刺激がないといいますが、それは、家族がフォローしているからです。
長く独居している老人は、テレビが映らなくなった、病院でこう言われたなどで、パニックの連続です。
叔母がよく怒っていますが、後期、中期、初期のバージョンに分けたほうがいいでしょう。
後期は、機械は必ず故障するものだと説明して、電化製品が使えなくなったときはどうするか、漏電は絶対防ぐことなども書きます。
簡単なメールも教えたいですね。入院したら便利ですし、声が出なくなることもありますから(私の場合、両親には失敗しました)。
中期、前期(私も入ります)は、もう少し程度が上がります。
最低限の漢字もいります(「漢字王クイズ」などに出てくるのは無意味です)。
恥をかかない程度の時事用語もいるでしょう(放射能を入れるのは辛いですが)。
ゲーム機やスマートフォンがどんなものかもお願いします(図解入りで)。
「習うより慣れろ」は真理だと思います。私も、そうやって、文明の利器を使いこなすようになってきました。
しかし、ゲーム機やスマートフォンを使うことはないと思いますが、ただ、どんなものかを知りたいだけなのです。
私のことはともかく、としよりは、今まで知らなかったものを使いこなせるようになると、大きな自信をもちます。それが生きがいにつながり、医療費が少なくなると思います。
向学心は衰えないといいます。それを利用したビジネスをどうぞ。