シーラじいさん見聞録

   

「オリオン、気がついたか。硫化水素を吸わなかったようじゃな」シーラじいさんが聞くと、オリオンはうなずいた。「それじゃ、後遺症はないじゃろ」
みんなはホッとした表情でお互いを見た。
オリオンは、みんなに会えたことに安心したのか、また目を閉じた。しかし、今度は、片目だったので、意識がかなり戻ってきていることがわかった。
その後、動かないオリオンに近づくものがいないかベラが警戒することになった。
他の者は、何かあれば、すぐに駆けつけられる範囲でペルセウスを探した。
だから、一番探したい穴には行くことができない。もちろん、オリオンから話を聞かないと危険なのだが。
翌日になると、オリオンはほとんど元通りと言えるほど回復した。
「勝手な行動をして、みんなに迷惑かけた」オリオンは、言葉を絞りだすようにして謝った。
「気にしなくていいよ。ぼくも、穴のまわりにいる子供から話を聞いたけど、きみのお陰で、あれだけぼくらのことに共鳴してくれるようになったんだ。
きみが、穴に入る前に、ぼくとミラを探したことも聞いたよ」リゲルがオリオンを慰めた。
オリオンはうなずいた。
「ところで、中のことはおぼえているかい?」またリゲルが聞いた。
「ああ、中は100メートルぐらい進むと、二つに分かれていて、右側から硫化水素が出てくることは、穴のまわりの子供が教えてくれた。足元にいるエビやカニに調べさせたんだ。それで、左側の穴を進んだ。
さらに100メートルぐらい行くと、また分かれているような気がした。今度は、左側に行った。穴は下じゃなくて、斜め横に向かっているようだった。そこにも、ペルセウスどころか、どんなものもいなかった。
穴はもっと続いているようだったが、50分立ったように感じたので、引きかえすことにした。
体の向きを変えて戻ろうとした。しかし、横の壁というか天井にぶつかってしまうんだ。
2回分かれ道を来ただけなのに、どこを進んでいるのかわからなくなった。
ようやく最初の分かれ道にたどりつき、そのまま最初の穴に戻ろうとしたとき、硫化水素がまた噴きだしてきたのが、においと音でわかった。
それで、吸いこまないように、においが届かないところまで戻った。多分、二つ目の分かれ道の手前だった。
それで、体力を消耗しないように、体を岩にあずけて1時間待つことにした。しかし、海にいるときより消耗が激しいような気がした。
ようやく50分立ったので、何とか出口近くまで行こうとしたが、途中で気を失って、後のことはおぼえていない」オリオンは一気に話した。
「来た道が戻れなくなるのか?」シリウスが聞いた。
「そうだ。『安全な場所』での感覚に似ていた。あそこは下に引っぱられるだけだったが、穴の中は、まわりから引っぱられるように感じた。行きたい方向へ行こうとしても、ちがう方へ行ってしまう。あんなことは初めてだ」
「すると、ペルセウスもそうなったかもしれないな」
「そうか。表に出ようとして、どんどん反対のほうへ行ってしまったのだろうか」
「動いているものはいなかったのだな?」
「いなかった。ただ」
「ただ?」
「意識が消えそうになっているときだから、はっきりとは断言できないが、ミラぐらいの大きさと形のものが、ぼくの近くにいたように感じた」
「なんだろう?」
「いや、苦しくなっていたから、ほんとにいたかどうかは自信がない。それを感じたとき、『ミラ、助けにきてくれたのか。ぼくはここにいるぞ』と叫んだのはおぼえているが」
「ぼくではないとしたら、ぼくと似ているのはセンスイカンか」ミラが言った。
「センスイカン!」シリウスが叫んだ。
「それじゃ、ニンゲンがいるのか」
「まさか!」
「でも、ウミヘビのばばあは、海の底は別の世界になっていると言っていたじゃないか」
「そこが何であれ、ペルセウスを助けるには多くの危険があることがわかった」リゲルが話をまとめた。
「でも、入らないわけにはいかないんだ」シリウスが叫んだ。
「シーラじいさん、方向が狂うのはどうしてですか?」リゲルは、ミラからオリオンが回復したと聞いて上がってきたシーラじいさんに尋ねた。
「多分、ものすごく強い磁場があるかもしれないな。そして、より強い磁場のほうに引きつけられてしまう。それで、あせって別の方向に行くこともあるじゃろ」
「どうしたらいいのでしょうか」
「完全に慣れるのはむずかしいかもしれん。互いの信号が届く範囲で行動するのが無難じゃ。
それだけ穴があれば、外のようにはいかんじゃろから、まずそれを確認することじゃ。
また、オリオンが経験していないことが起きるかもしれないので、絶対あわてないことじゃな」
「センスイカンがいたということですが?」ミラが聞いた。
「まさかとは思うが。オリオンが、大きな岩を見まちがったかもしれん」
「じゃあ、行こう」リゲルが叫んだ。そのとき、何も言わなかったオリオンが、「ぼくが先導する」と言った。
「きみはまだ無理だろう。ベラにいてもらうから、もうしばらく休んだほうがいい」
「いや、もう大丈夫だ。穴の中はぼくしか知らない。それに、ペルセウスも、ぼくらが早く来ることをまっている」
リゲルは、少し考えたが、「それじゃ、案内してくれ」と言った。

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