ユキ物語(5)
「ユキ物語」(5)
しかし、あいつはおれに何の用があるというのだ。あいつを見るとき、おれの目に侮蔑したような表情があるのが気に食わないからか。確かに嫌なものを見たようにはしただろうが、それで毎日に来るとは思われない。
余談だが、人間はおれたちに対して純血種をさも高級なものとみなすが、人間はすべて雑種のくせにと思うときにはおれの目には人間に対する侮蔑が浮かんでいるであろうが、それを客や店員に分かるはずがない。
それとも、おれが自由というものにあこがれていることを悟って、おれに見せつけるためか。それもありえない。どれもおれを納得させるものではない。
しかし、理由が分からないからといってほっておいていいものか。
このままではやつは、晴れの日でも、雨の日でも、同じ時刻に必ず姿を見せるであろう。
すべてにおいて勝っているはずのおれが、薄汚いやつに追い込まれているような気がしてきた。
しかし、戦いというほどのものではない。ただ、早く決着をつけたほうがいい。
刺さった棘(とげ)は早く抜きたいのは誰しも思うところである。
さて、どうするか。あいつの存在が大きくなってきてから、おれは考えた。そして、唯一無二の方法を思いついた。
直接あいつに、「二度とここにあらわれるな」と警告するのである。しかし、そのためには、そのタイミングが必要である。あいつのがいる場所とおれがいる場所はたった20メートルしか離れていないが、その間にはガラスがあり、人間の目がある。
おれは昼過ぎに店員に連れられて散歩に出るが、そのときにはやつはいないし、いても声をかけるわけにはいかない。
やるべきことが決まれば、あせる必要はない。おれは平穏な心で過ごした。
しかし、そのときが来たのだ。
3日後、店としては大変な事態が起きた。毎日午後6時30分に、美佳が西側のカーテンを下ろすのだが、そのとき夫婦らしき中年の男女が入ってきた。店には他の客がいなかった。
男が、「おい!」と低い声を出した。店員が、「いらっしゃいませ」と応対すると、「責任者はいるか」と言った。
美佳が出てきて、夫婦の雰囲気を悟って、「こちらへどうぞ」と契約するテーブルへ案内した。
おれも、「こいつらは何回か見たことあるな」と思いながら、聞き耳を立てた。
それによると、2か月前に買ったものがウイルスで死んだが、どう責任を取ってくれるかというような内容だった。
美佳は、定期的に獣医に診てもらっているので責任はないが、返金ではなく、同等の金額のものを渡すということを説明したが、相手は納得しないのである。
こお2か月毎日のように医者に行った。その費用だけでなく、慰謝料も必要だと主張しているようだ。
美佳は、契約の条項を説明したが、相手は聞かないので、オーナーに聞くと言った。さらに、相手は、オーナーがすぐにここに来ることを要求いた。
その怒鳴り声に他の店員はおびえてしまって、いつもの片づけができなくなってしまった。
しかも、そこを通らなければ若いものをバックヤードに連れていけないのである。
とにかく早くオーナーが来て、美佳の指示を待つしかない状況になってしまったのだ。
そのとき、自動ドアが少し開いたままになっているのに気づいた。誰か電源を切ったようだ。
突然おれの体に電気が走った。そうだ。今がチャンスだ!おれはおれの声を聞いた。
おれは無意識に動いていた。するっとドアの隙間から出た。幸い、店の前には人間がいない。
店の前には駐車スペースがあり、通りとの境には灌木(かんぼく)がある。
灌木が切れたところにいつもやつがいるのだ。
もちろん今日もいる。しかも、あれが突然目の前にあらわれたものだから、ぎょっとしたが、慌てて逃げようとはしなかった。
おれは、「おい」と言った。まるでさっきのクレーマーのような声だったはずだ。
やつは少し尻込みしながらおれを下から見あげた。
「おれのどこが気に食わないんだ」おれは躊躇せずに切り込んだ。
すると、やつは、「そうじゃないんだ。少し話を聞いてくれ」と答えた。
おれが何も言わないでいると、「ぼくの仲間にきみとそっくりなものがいる。本人も、『きみと兄弟だ』と言っている」
おれは言葉に詰まった。よりによっておれと兄弟がいるだって。どの口でそんなでたらめが言えるのか。
「それなら、そいつを連れてこい。話をしてやろうじゃないか」おれは態勢を整えてゆっくり言った。そして、「もう二度とここには来るな」と最後通告をした。
勝負はついたと思った。すぐに引き返そうと思って、向きを変えたとき、「そいつ死にそうなんだ。一度会ってくれないか」という声が聞こえた。