ユキ物語(25)

      2019/06/22

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(253)
「ユキ物語」(25)
おれは、すぐに「おはようございます。この度はたいへんお世話になりました」と挨拶した。ウサギも立ち止まって、ピョコンと頭を下げた。
「おはよう。よく眠れましたかな」老人も骨ばった体をこちらに向けて言った。
「ありがとうございます。ゆっくり眠ることができました。それに、きれいな朝焼けも見ることができました」
「それはよかった。おまえさんたちは今から忙しくなるぞ」
「お名残惜しいですが、そうさせていただきます」
「申しわけないが一つ話したいことがある」老人はそう言ったので、おれは身構えた。
「おまえさんに興味を持ったのは、わしも同じような経験があるからじゃ」
おれはその老人の大きな目を見た。「子供のころ、毎日山を走り回っていたが、ときどきわしらとは姿形が違うものを見た。足が短くずんぐりむっくりしたものや、ものすごく大きな体でのっしのっし歩くものがいた。それらはイノシシとクマと言われていることは後で知ったが、世の中にはわしらとひどくちがうものがいることがわかった。
わしは広い世間を見たいという気持ちが強くなった。わしは友だちに、冒険しないかと誘ったがみんな断わった。
それで、世間を見てみたいという気持ちがさらに強くなったので、わしは一人で山を下っていった。
イノシシやクマと遭遇することがあったが、自分とちがうものと友だちになりたいと思って近づくと、そいつらはわしに向かってきた。それで無我夢中になって逃げたが、結局道に迷って山を下りてしまった」老人は少しいたずらっぽい目でおれを見た。
おれが驚いているのを見ると、また老人は話しはじめた。「木はほとんどなく、草ばかり生えている平らな場所だった。
早く山に帰ろうとしたが、またイノシシやクマに見つかってはいけないと思って注意しながら山に向かった。
細い道があったので、そこから山を登ろうとすると、奥から何かばたばたと下りてくるものがいるので急いで逃げた。しかし、わしを見ると、「シカだ、シカだ」と叫んでおる。余談ながらわしはこの世でシカと呼ばれているらしいと分かった。
とにかくわしは逃げたが、後から分かったが「たんぼ」という沼のような場所に逃げたので、わしは足を取られて動けなくなった。そこへ人間が追いついて捕まってしまった。
わしは縄で括(くく)られて人間が大勢いる場所に連れていかれた。
「これは珍しいシカじゃ」とわしを捕まえた人間より大きい人間が言った。
後から分かったがそれは大人というものだった。「珍しいから、しばらく飼っておけ」と大人が言ったので、わしは空いている牛小屋に入れられた。
翌日から多くの見物人がわしを見にきた。また、首に縄をつけられてあちこちつれまわされることもあった。
しかし、しばらくすると、誰も興味を持たなくなってきたが、さりとて放そうともしなかった。
わしは暗い牛小屋でただ耐えるしかなかった。徐々に痩せていった。
あるとき、牛小屋の戸が開き、誰かがわしをじっと見ていた。人間の子供だったが誰か分からない。しかし、外の光がその子供を照らしたとき、嘉助だと分かった。
その子供は知恵が遅れていたようで、みんなからいつもからかわれていた。
しかし、嘉助は何を言われようと怒りもせず、いつも笑っていた。嘉助が牛小屋に来たときは笑いもせずわしをじっと見ていた。
嘉助は毎日のように来た。わしも嘉助が来るのを楽しみにしていた。
あるとき、嘉助は牛小屋からわしを外に出した。そして、わしの尻を思いっきり叩いた。
わしは急いで山に向かった。そして山を登った」
老人は一気に話したのではぁはぁと息を切らした。それが収まると、老人は、「あんたは何と呼ばれているんじゃ」と聞いた。答えようとすると、「わしも嘉助と呼ばれていたんじゃ。シカの嘉助」と言った。

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