ユキ物語(19)

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(233)
「ユキ物語」(19)
空腹は少しおさまったが、気持ちはおさまらなかった。それはむしゃくしゃしたという意味ではなく、こんなことでいいのかという自分に対する苛立ちであった。
おれはウサギを見た。こいつと会ったときから気がついていたが、口を常にもぐもぐ動かして、赤い目でおれを見た。
こいつの他の仲間は知らないから、仲間はみんなそうしているのか、こいつの癖かは知らないが、何となく下品である。しかし、おれはこいつに助けられたのである。こいつを助けなければならないと考えていたのにである。
とにかく、こいつはおれのために朝早くから食べものを探していたのはまちがいない。
こいつが普通に歩けるようになると、おれは山を下りて、自分の家であり職場でもあるペットショップに帰ろうとしていたのである。
ウサギの足はまだ完治していないが、かなり動けるようになっている。このまま山を下りることはできる。
ボスや中岡、山崎が捕まっていようがいまいが、おれがペットシップに帰ると、美佳たちは涙を流して喜んでくれるだろう。
おれはおれと同じ純白のウサギを見た。相変わらず口をもぐもぐ動かして近くを妙な動きで動いている。
それを見ていると、このまま黙って山を下りるのは罪深い気がしてきた。ペットショップに戻っても、目覚めが悪いだろう。
しかし、自分やおれの食べものを探せるぐらいだからそう時間はかかるまい。
それなら、何も言わずにここを去るより、もう大丈夫だという姿を見てからにしようという気持ちが起きた。
おれは、おれを見たウサギに、「おまえが親や兄弟に会えるまでここにいるから、安心しろ」と言った。
ウサギは、おれの言うことが分かっているのかどうかは知らないが、おれを見て首をかしげた。それからまた妙な動きでどこかに行った。
おれも夜に備えて食べものを探すことにした。「腹は減っては戦はできぬ」誰に聞いたかは忘れたが、そんな言葉が浮かんだ。
おれも懸命に食べものを探した。しかし、下草ばかりで食べものなどどこにもない。ときどき何かにつまづいてこけるぐらいだ。おれはまた自分に腹が立ってきた。おれはないもできない。それを振りきるために無我夢中で食べものを探した。
目の前でごそっという音がした。頭を上げると、おれより体の大きいものがおれを見ている。
そいつはびっくりするような大きな目をしている。おれは最初ひるんだが、後ろ足に力を入れて、相手を見た。相手はおれの気迫に驚いたのかすぐに離れていった。
あいつはどこかで見たことはあるが、思い出せない。しばらくすると、シカという動物であることが分かった。さすがにペットショップにはいなかったが、どこで見たのだろう。子供の時、誰かがおれを動物園に連れていってくれたことがある。その時かもしれない。
とにかく、おれは食べものを見つけることができなかった。ウサギはすでに帰ってきていたが、洞の前には食べものが積まれていた。
おれはそれを少しいただいて寝ることにした。おれが洞に入るとウサギも隙間からおれの尻の奥に入った。
おれはこいつを守るのが仕事だ。食べものを探すことではない。おれは自分に言い聞かせて眠りについた。
ごそごそという音がした。おれはウサギがまた食べものを探しているのだと思った。何気なく目を開けるとまだ真っ暗だ。
おれは念のために体を奥に押し込んだ。やはりウサギはいるようだ。何かいるのかとあたりを見ていると。音は近くで止まった。
ユキ物語

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