ユキ物語(13)

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(226)
「ユキ物語」(13)
二人はインスタントコーヒーを2杯ずつ飲んだ。その間にも何も話さなかった。
ただ何かに耐えているようだった。悪いことをするの骨が折れようだ。
やがて、中岡が腕時計を見て、「9時半だ。そろそろ行ってくる」と立ちあがった。山崎も時計を見て、「気をつけてな」と答えた。
ここから20分ぐらいでコーヒーショップに行けるはずだ。そして、すぐに店に入ってお地蔵さんがある路地が見える席にすわる。
そして、新聞でも読むふりをしておれの店の者がその路地に入るのを確認するのだ。まさか女性スタッフは行かないだろうから、本社からきた男性社員か。
警察が動くのなら、男性社員の横にいるかもしれないから、それもボスに連絡しなければならない。ボスは中岡からの情報を分析して、今度どうするか決めるわけだ。
さあ、どうなるか。おれは自分が当事者の一人であるのに、まるで映画を観ているかのように興奮してきた。おれたちは汗をかかないから、手に汗を握ることはないが。
11時が過ぎ、12時近くになっても、誰からも連絡が来ない。ボスと中岡は連絡しあっているだろうが、どうなっているのだろう。
便りのないのはいい便りというから、相手との交渉がうまくいっているのか。
しかし、待たされるほうはたまったものじゃない。おれは檻の中で落ちつきなく体を動かしていたが、山崎も窓から下をみたり、部屋から出ていったりをくりかえしていた。
午後2時近くになって、山崎のケータイが鳴った。山崎はケータイを見て電話に出た。「もしもし。ボスですか!」と叫んだ。
少しボスの話を聞いていたが、「えっ、ほんとですか!」と叫んだ。
「今山崎はどこにいるのですか?」
「そうですか。ボスは?」
「はい。じゃ、すぐ逃げます。ボスは大丈夫ですか」
「わかりました。また連絡を待っています」
どうも雲行きが怪しくなってきたようだ。怪しいというより、すでに中岡が捕まったようだ。
中岡が何かしゃべればボスも山崎もこのままではすまない。こんなことになるとは予想だにしなかった。
いや、失敗しても足手まといになるおれは解放されると考えていたから、これのほうがいいかもしれない。
山崎はと見ると、大きなカバンにいろいろ詰め込んで、すぐにでも逃げられる用意ができたようだ。
すると、ここを出ていくときにおれを開放するはずだ。まさかおれはこのままほっておいて出ていくことはないだろう。
最後の戸締りをしている。早くおれを出せ。山崎は檻のほうにきた。そして、出入り口を開けはじめた。
おれは急いで外に出ようとした。しかし、山崎はおれの首根っこを押さえて鎖をした。
まあ、いいだろう。以前言っていたようにおれをどこかの公園で解放するつもりならおとなしくしよう。
山崎はアパートの玄関から首を出してあちこち確認した。それから、おれを外に出すと、すぐにトランクに詰めこんだ。
おれはおとなしく暗いトランクにすわった。もうすぐ自由になる。どこの公園かわからないが、店からそう遠くないはずだ。
それなら、散歩でもしている人間がおれを知っているだろう。
明日からまた営業にがんばって売り上げのために貢献するしかない。
三人の悪党、特に山崎には世話になったと言っておこう。
きみはまだ若い。根っからの悪党ではなさそうだし、多分出来心で仲間になったのだろう。それは中岡にも言えそうだ。
中岡がきみのことを言えば、アパートはわかる。そして、きみはすぐに捕まる。
今ならそんなに罪にはならない。人生はいくらでもやりなおしができる、多分。
店の若い女性スタッフがよく言っている。おれは人間ではないからよくわからないが。
そんなことを思っていたが、10分たっても、20分たってもトランクは開かない。

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