ウグイス

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ウグイス」
地方都市で家を借りて活動している。愛想がない住宅地やけど季節の移り変わりはよう分かる(堺にある自宅は1分も歩けば、年中ネオンが待っている)。
ようやく春になってウグイスが耳元で鳴く。それこそ数メートルしか離れていない。
まだ夜明けが明けきらないときに突然鳴きだす。いつもジョギングの後、髭剃りをするけど、鳴き声を聞いたら、髭剃りを一時止めて、スマホをオンにして録音アプリを作動させる(スマホは朝2時間ほどオフにする習慣がある)。
急がんとあかんのは10回ほど鳴くと離れて遠くで鳴くからや。
ホーホケキョ。ホーホケキョ。厳かな気分になる。近くで聞くと鳴く前にくちばしをカッカッと叩いているような音がする(準備がいるんやな)。
まだどこからも雨戸を開けると音がしない。静かや。しかも、ウグイスが鳴くとき他の鳥も静かにしている(他の鳥も気ぃ使っているんや)。
思うに人間、特にとしよりはこうあるべきやな。その話には人生の知恵が詰まっているからみんな耳を傾けて聞こうと思うてもらえる存在。
せやけど、きょうびのとしよりは社会だけでなく家庭のお荷物になっている感がある(年金は社会では不要、家庭では必要かな)。「またおんなじことゆうているで」とゆわれるのが関の山や。
先日、「笑点」で林家木久扇が、「今日は逆走が多いなあ」と逆走しているとしよりのことをゆうていたけど、あれはおもろかった(ただし、あの番組は、専属スタッフが答えを作るので本人はゆうだけやけど。それなら、それを作った専属スタッフ有能や。とにかく、西川のりおは、森友学園の理事長みたいになんでもしゃべる。「木久扇はホモだっせ」とラジオでゆうとったな)。
そんなこんなで、としよりは早とちりや。
また、先日、自分の家の中でごみに埋もれていたおばあがいたやろ。保健所か市役所の人間が調査に行ったときには、ごみの山の中で顔だけを出していたそうな(足は壊死を起こしていた)。
気の毒やけど、それを想像するとおかしくてたまらん(娘も同居していたけど、どこに相談してええかわからんかったとゆうていたそうな)。
自分のこともどうでもええようになるのを「セルフネグレクト」とゆうのやて(ふうをかまわんのは若いのでもいるけど)。
としよりは、なんでもめんどくさくなる。ぼくも、まだ毎朝4時からジョギングしたり、気象予報士の勉強をしているからましやけど、ときどき日常のことがめんどくさくなることがある。
あんまりゆいたくないけど、この年でも劣情を催すときがある。抑えようとしても抑えられへん。そのときは困る。その処理で大阪などに出んとあかんのやけど、それもめんどくさいときがある(でも、ちゃんとしとかんと、ときどき巷を賑わすエロじじいになってしまう)。
とにかく、早とちり、めんどくささ。これが目に余るようになったら、注意せんとあかん。
ただ、ゴミも2種類あって、週2回出すゴミは目に見える。それがたまってきたら、フツーは家族や近所から苦情が出る(中にはよそから持ってかえるもとしよりがいるそうやけど、それは別の病気やろけど)。
しかし、頭の中のゴミはどうやろ。これは家族にも近所だけでなく、自分にももわからんもんや。
これを整理するかどうかで、話を聞いてもらえるか、「もうええ」とゆわれるかどうかの分かれ道やと思う。
ウグイスも、しばらくすると、ホーホケで止めるやつも出てくる。
「キョ」がめんどくさいんかい。それから、ホーホケキョと鳴いているのやけど、どう聞いても、本人(ウグイス)とちがう他の鳥が真似をしている(それこそ西川のりおのだみ声のホーホケキョように、おちょくっているようや)。
それに、日曜日は休んでいるようやし。ウグイスも人間も人生を全(まっと)うするのはむずかしいようで。

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